05
沢田綱吉side
「おい、万年赤点のダメツナ」
「今回は何点だったんだよ」
ギャハハ、と笑うクラスメートに、俺は曖昧に笑って答えた。
机の中には、まさに今日返ってきたばかりの14点の算数のテスト(もちろん100点が満点のテストだ)。これでも今回はがんばって勉強してきたのに。
「どうせオレなんかに出来るわけなかったんだよな」
泣きたい気持ちを我慢しながら、教室に居残ってテストの間違いを直して職員室に再提出した。
いつもの要領の悪さで時間がかかってしまって、昼間は晴れていた空は、下校時には小雨が降っていた。
濡れるのもかまわず、人のまばらになった校舎から外に出ると。
「うわ!?」
校門の外に出たところで誰かに腕を引っ張られた。
「び、びっくりした……え? だ、誰!?」
振り返ると俺の腕を掴んでいたのは、大人の女の人だった。
「あ、ごめん。でも、このまま帰ると風邪引くよ?」
俺はそのひとのキラキラの長い銀髪と青空みたいな瞳に見惚れてしまった。すごく綺麗だ。
でもこのひと、どこかで見たことある。
……そうだ。一ヶ月くらい前、校庭で並小の先輩とか何人かで鬼ごっこして、フェンスを壊してたひとだよね。
俺の教室からは校庭は見えないけれど、大きな音が気になって、後でみんなで見に行ったんだ。そのとき、遠くからだけど確かにこのひとを見た。
「この傘、持って帰っていいから」
「え……でも、」
オレンジ色にピンクの水玉模様の細い傘を手渡される。
「この後もっと雨脚が強くなるからね。ほら、差して差して」
「はあ……」
促されるままに傘を差す。
その傘は、いつも俺が使ってる子供用の傘より大きいのに、なんだかすごく繊細なもののような気がした。
「あの……」
「あ、私の名前は月神香耶。この傘は別に返さなくてもいいよ」
そう言って笑った、月神さんは、なぜか他にも3本くらい傘を持っていた。
「月神さんって、ひとに傘を貸すのが趣味だったり……?」
「あはは! まさか〜。並小にうちの子供たちが通ってるからさ」
子供たち……結婚してるんだ。彼女の笑顔にほっとしながらも、俺は心の隅で落胆してる自分に気づかなかった。
「君のクラスはどこ? もしかしたらうちの子たちと同じクラスかもしれないよ」
「俺は……」
俺は自分の素性を言うことをためらった。その子供から月神さんへと俺のダメダメなうわさが伝わって、失望されるのが嫌だったから。
そのとき、ちょうど生徒玄関のほうからにぎやかな話し声が聞こえてきて、月神さんの注意が俺からそちらへと移った。
「お。うちの子たちが出てきたかな?」
その言葉に俺ははっと我に返る。遭いたくないのに。
俺は焦って後ずさりながら口を開いた。
「あ、あのっ…月神さん、傘ありがとうございます! 絶対返しますから!」
「え? ……うん、気をつけてね」
俺はその場から逃げるように走り去った。
月神香耶さん。
名前さえわかってれば、彼女の子供もすぐに見つかると思っていた。月神なんて苗字、たぶん珍しいから。
だから俺は、この傘をすぐにその子供に返せば、それで終わりだと思っていたんだ。
この、ちょっと非日常な出来事も通り雨のようなものだって。
俺は走りながら、彼女に借りたオレンジの傘をぎゅっと握り締めた。