03
雲雀恭弥side
のんびりした時間は長くは続かなかった。
応接室に近づく足音に、僕はしぶしぶ目を開ける。
「ん? ……やば、知ってる奴かも」
香耶が呟いた。
ものすごいスピードで近づいてくる身軽な気配……あきかに一般人のそれじゃない。僕はこんなことができる人間を、新選組の連中以外知らない。香耶の知り合いだというのはうなずける。
足音はこちらの気配をたどってか、よどみなく応接室の前まできてぴたりと止まった。
「み〜つけた」
「ヒィ!!」
「いつまでも秘書の俺を撒けると思うなよ、香耶」
「うわぁぁ!! 恭弥どいて!!」
動転した香耶が立ち上がって、膝から僕の頭を落とす前に、僕は自ら身を起こす。
応接室の戸をどうやってか音も立てず開いて、のそりと姿を現したのは、新選組本部で見たことのある顔で。
「南雲薫……君も並中の新入学生だったね」
「おまえは、雲雀……? あぁ、風紀委員長、だっけ」
南雲は心底面白くなさそうな顔で僕を睨んだ。
「……香耶の弟子がなんでこんなところに」
「この応接室は風紀委員と関係者以外立ち入り禁止だよ」
南雲薫はこの僅かな会話で、応接室が風紀委員の本拠地であることや香耶がどんな待遇を受けているかを的確に察知したらしい。
一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたが、次の瞬間には挑戦的に笑った。
「だったら力づくで従わせてみろよ」
南雲はベルトから伸縮式の警棒を引き抜く。と同時に手の中で回転させて、まばたきほどの速さで小刀と同じくらいの長さに伸ばした。
「薫君、死ぬ気の炎は、」
「使用禁止だろ。わかってる」
俺はすぐ頭に血が上るパイナップルとは違うからな、なんて言いながら、南雲は一瞬で僕との間合いを詰めた。
がぁんっ、と得物を打ち合う音が響く。
窓際まで避難している香耶にも、剣気が届いているだろう。窓ガラスがびりびりと震えた。
むかつくことに南雲と僕の実力は拮抗していた。
相手の力量を正確に測ることができるのは、香耶と山南の修行のおかげだ。
「そういえば君、応接室(ここ)になにしにきたの?」
「言ったはずだろ。俺は香耶の秘書だって」
「ふぅん。ずいぶんと面倒臭そうな職種に就いたものだね。香耶は自分のしたいことしかしないでしょ」
「知ってるよ。そこのバカが書類を副長や総長に押し付けて遊び歩いてることくらい身に染みて」
「だったらもう諦めたら?」
「そうも言ってられるか。新選組に香耶がいなかったら意味ないんでね」
「薫君……」
殺気を撒き散らしながらも言い放たれた、貴重な南雲のデレに香耶が感激の声を上げる。
気に入らないな。
「悪いんだけど香耶は僕の所有物だから」
「はぁ!?」
競り合っていた南雲の警棒を突き放す。
いままで余裕そうだった南雲の表情を歪めることができて、ほんの少し溜飲を下げた。
たいして広くない応接室で僕と南雲は間合いを取る。
この僕が秘書にさえ苦戦するとは。
新選組はやっぱり面白い。むかつくほど強くて。
互いに好戦的に笑み得物を構えたところで、話題の渦中にいる香耶が、南雲の近くにあるテーブルを指差した。
「ねえ、薫君。そのケーキとって」
「おまえは帰って仕事しろ!!!」
まぁ、南雲には同情できなくもない。