09
雲雀恭弥side
「香耶」
「なにかな」
「沖田総司に何を言われたんだい?」
常のごとく応接室のソファーで寛いでいた香耶が、僕に視線を向けた。
じめじめと蒸し暑いこの季節に、応接室は快適な空調を保っている。そうでなければ香耶は応接室に寄り付かないだろう。
「その質問の意味するところは」
「質問を質問で返さないでくれる? このまえの放課後、町内の見回り中に見たんだけど。沖田にキスされてたでしょ」
「見たのか……」
しまった、と呟きながら、彼女は手で額を覆う。その頬がほんの少し上気したのを、僕は見逃さなかった。
「好き……なのかい? あいつが」
「うーん……」
香耶は心底困り果てたような顔をした。
珍しい。香耶がこんなふうに優柔不断に悩むのは。
そう言ったら香耶は僕を視界に映して表情を緩めた。
「君は私をなんだと思っているの。人間なんだから悩みもするさ」
そのまま僕から目線を離し前を向いてしまった。そうして奴のことばっかり考えてるのか。
答えが出てないことには安堵したけれど。
僕は事務机から立ち上がり、香耶がいるソファーへと近づいた。極力気配を殺しながら。
「私が彼と結ばれる未来もあると思う。でも、私はいろいろと危ないものを抱えてるし、彼を巻き込まない未来があるなら、それを選ぶに越したことはないんじゃないかな」
「それって結局、香耶が沖田総司にまだ恋愛感情をいだいていないってことなんだよね」
「……極端な話、総司君の伴侶になることに拒否感はないし、それくらい彼のことを気に入ってはいる……けど、」
それはきっと、限りなく恋愛感情に近い親愛なのかもしれない。
「香耶の言いたいことはわかるよ」
「!」
唐突に香耶が僕に視線を向けた。僕が香耶の髪を引っ張って無理やり上を向かせたから。
新選組に鍛えられたすばやい動きで、ソファーに座る香耶にまたがり、その細い首にトンファーを押し付ける。
鼻が触れそうになるくらい顔が近づいても、香耶に抵抗するそぶりはなかった。
「僕が相手だったとしても、」
「……恭弥」
「貴女は同じように悩むんだろ?」
「……、」
何か言おうとした香耶の唇を、噛み付くように奪った。
香耶が驚いたように目を見開く。その隙を突いて歯列の隙間に舌を差し込み、香耶の温かい口内を犯した。
ソファーの生地に爪を立てていた彼女の手を、僕の背中に回させる。
刺激に耐えるように僕のカッターシャツを握る彼女が、愛おしく感じた。
僕の心臓が壊れそうなほど音を立てていて。
体を密着させると彼女の柔らかな体を感じて劣情がわきあがる。
「──っ」
香耶が苦しそうに眉根を寄せた。
それに気付いて、いつの間にか彼女の気道を塞いでいたトンファーを身体ごと離す。
「はぁっ、はっ」
「ごほごほっけほっ!」
かくんとうつむいた彼女の首が、落ちるような錯覚を覚えて、少し怖くなった。
やりすぎたかもしれない。
「、香耶」
前髪の隙間から僕を見上げる彼女の左目が、空色のはずの左目がじわりと紅く染まっていた、気がして。
しかしすぐに瞬きで隠れた瞳は、次の瞬間には元の空色に戻っていた。
怒らせたかな。嫌われたら元も子もないのに。
「……僕は本気だから」
彼女を労わる余裕もなく、激情を身のうちに押さえ込んで彼女に背を向けた。足早に応接室の戸へ向かい、廊下に足を踏み出す前に背後の気配をうかがった。
僕が戻ってくるまでに、香耶が帰ってしまっていればいいと願いながら。
でも、香耶が帰ってしまっていたら、それはそれで僕は落胆するんだろうけど。