11

六道骸side



はぐらかされないよう単刀直入に聞く。

「香耶、雲雀になにされたんですか」

「え」

香耶は目を見開いた。

「べつになにも」

「嘘をつきたかったらまっすぐ相手の目を見て言ってください」

嘘が苦手だということは知っていたけれど……これは少し心配になる。これでどうやってアジアのマフィアを掌握できたのだろうか。
華奢な我らのボスを(身長的に)見下ろしながら、僕は焦りをため息と一緒に吐き出した。

「気付いていないかもしれませんが、あなたの見ていた景色が一瞬、僕の六道眼に映りました」

「ええ!?」

「……雲雀に性的に襲われる映像なんてある意味ホラーです」

「そ、それはごめん……そういえば一瞬だけ羅刹になった、かも?(生命の危機を感じて…) そのせいかな」

否定の言葉は出てこない。やはり本当に襲われたようだ。

「あ、そういえば目は大丈夫だった?」

「ええ……」

心配そうに伸ばされる細い手を捕らえた。
この手に雲雀が触れたかと思うと、湧き上がるのは心配ではなく、腹の底で黒くとぐろを巻く嫉妬だ。

「で、最初の質問に戻りますが。雲雀にナニされたんですか?」

「あ、あれ? 骸君、なにのイントネーションが変だよ」

「ナ ニ さ れ た ん で す か?」

香耶がひくりと顔を引きつらせた。僕のこの満面の笑みを見てようやく観念したらしい。

「キスを……」

「キスだけですか」

「ふっかいヤツ」

「ほぅ」

僕は橋の欄干に両手を付いて香耶を閉じ込める。

「ちょちょちょっと待って! 正直に言ったじゃん!」

「だからですよ」

「私およげないんだよー!」

欄干は香耶のみぞおちほどの高さしかない。僕に迫られてのけぞる香耶は、背後に川のせせらぎを感じて青ざめた。

「逃げなければ落ちませんよ」

彼女の股に僕の膝を割りいれ身体を押し付ければ、もう簡単には逃げられない。


僕も香耶もドキドキしている。
僕はともかく、香耶は釣り橋効果ってやつでしょうか。このまま僕に惚れてくれればいいのに、と思う。


「、骸君」

「雲雀に触れさせて僕に触れさせないなんて、不公平じゃないですか」

「でも恭弥は私を……」

「僕は香耶が好きです」

香耶の言葉を遮り、僕は想いをぶちまけた。
ぴたりと香耶の抵抗は止み、僕の大好きな空色の瞳が唖然と僕を見上げる。


「貴女が僕に名をくれた瞬間から……ずっと貴女が好きでした。だから前世で貴女の夫だったという沖田君も、貴女に無理やりキスした雲雀も憎い。
僕は香耶のものですが、香耶は僕だけのものじゃないことが、こんなにも悔しい……!」

「骸君……」


痛みを伴う僕の告白に、香耶の表情も泣きそうに歪んだ。
今は、同情でもいい。つり橋効果でもかまわない。

頬にかかる銀色の髪を払い、彼女の後頭部に手を回す。
柔らかな唇にそっと口付ければ、香耶は息を呑み、僕の制服にすがりついた。

「ん、ぅ」

指で背中をなぞると香耶はびくりと反応し、鼻からくぐもった声を上げて口を開いた。
その隙に逃げる舌を絡め取る。

焦がれ続けた香耶に手を出すこの行為は、手の届かなかった穢れのない月を掴んで汚しているような。
罪悪感にも似た優越感で僕は満たされた。



香耶の柔らかい舌や唾液の味を堪能し、ようやく身体を離したときには、僕も香耶も息が上がっていた。
もっと、と叫ぶ本能に理性でふたをして、宙に浮いていた背中を引き寄せ、足も腕も解放する。

「…………すみません、でした」

「……いや、うん」

羅刹になって突き放されたらと想像したけれど、香耶は予想に反して苦笑するだけだった。

「怒らない、んですか?」

「怒ってほしいんだ?」

「いえ、」

顔色をうかがう僕に、香耶は手を伸ばして、そして僕の乱れた前髪を整えてくれた。

「……悩んでいたんだ。総司君にも恭弥にも、自分のものになれって言われて」

「……はい」

「私、昔のようにまた誰かを選ぶべきなのかな、って」

「…はい」

「どうするのがベストなのか、わからなくて……誰も、傷付けたくなくて」

「……選択することだけが選択肢じゃない、と僕は思います。香耶は、香耶の望むように…自由でいるべきだ」

沖田君も、雲雀も。それを望んでいるはず。


「……ありがとう、骸君」

彼女は、僕が初めて見るような、とても眩しい笑みを浮かべた。


やっぱり、彼女は、どこまでも手が届かない月だ。
例え無理やりに蹂躙したとしても、きっとこの輝きは不可侵で。
つきんと痛む胸を悟られないように、僕も微笑んだ。うまく笑えていたかどうか分からないけれど。

「誰も傷つかないなんて、そんな都合のいい選択あるわけないでしょう」

「うん」

香耶は僕の頭を引き寄せ抱きしめた。
きっと、どうしても歪む顔を、誰にも見られないようにしてくれているんだと、そう思い至って僕は彼女の肩に顔をうずめた。


「でも僕は、誰よりも貴女に傷つかないでいてほしい」

甘い、香耶のにおいがした。

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