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月神香耶side
ぅああぁぁ……授業参観、行きたかった……な。
あ、どうも。あけましておめでとうございます。私は今日も変わらず書類に囲まれPCとにらめっこしています。
そんな一月二十五日。
「おまえがボスなんだ。どこへでも行けばいいだろう。仕事など夜にやればよい」
「夜は支部から送られてきた仕事があるんですがねぇ、風間さん?」
私が半眼でにらみつける先で、千景君はそっと窓辺へと視線を移した。
「暇ならグループホーム(孤児院)の視察に行ってよ」
「この俺が何故そんなことをせねばならんのだ」
「あーはいはい千景君ならそう言うと思っておりましたよー」
今まで国外で組織拡張の手腕を振るっていた千景君は、この新選組本部に滞在してる間は一切仕事に手をつけていない。およそ1ヶ月強、食って飲んで寝てたまに隊士と手合わせしてるだけだ。
おそらく支部はここの比ではない量の仕事で埋もれているのだろう。千景君の補佐をしている天霧君から、必ず風間を迎えに行きますので香耶殿にはどうかもうしばらくの辛抱を……なんて余裕のないメールが送られてきて思わず同情してしまい、こっちにも仕事を回せとなけなしの親切心を発揮してみた結果がこれなのである。
だって天霧君が倒れたりしたら支部は完全に回らなくなるからね。
私の仕事はそれほどでもない。でも今日は特別。大人組みである歳三君、左之助君、新八君が並中の授業参観に行ってしまったぶん私が負担を一気に背負う形となっているのだ。(あ、黒曜の授業参観は意地でも私が行くからね)
「せめてなんかカフェインの取れる飲み物を淹れてよ」
そう言うと千景君でも多少の罪悪感というものを感じたのだろうか、ほんの少し逡巡したあとため息を吐いて急騰スペースに向かってくれた。
その優しさをちょこっとでも天霧君にも向けてくれたらいいのだけど……。
渡された茶器からのぞく透き通った玉露は、ざつに扱われていたように見えて、なぜか奥ゆかしい味がした。解せぬ。
「──香耶」
「うん?」
小さな煎茶茶碗をくるくるともてあそんでいると、視界の隅で千景君がゆらりと立ち上がった気配がした。
と思ったら次の瞬間には私の真後ろに立っていて。
ぐいと腕をつかまれて立たせられたと思ったら、私の身体は宙に浮いていた。
「……へ」
「少し出かけてくる」
「は……い?」
言って彼はきびすを返し、窓に向かって歩き出した。
私を小脇に抱えながら。
「……え!? この状態で!!?」
千景君は私の抗議に耳を貸すこともなく、執務室の窓から外へと飛び出したのだった。
千景君に抱えられるまま到着した並盛中学。その敷地を囲む塀の上。
私たちを待っていたのは──
「香耶、なにしてるの」
「あ。恭弥」
校門近くで鉢合わせした並盛の支配者。金髪の男に抱えられる師匠の姿を見上げ、眉をひそめている。
「……また知らない男を連れて」
「またって、人聞きが悪いなー。このひとも一応新選組のメンバーなんだよ」
「恭弥だと? この子供が香耶の弟子……雲雀恭弥か」
千景君の腕に力がこもった。口から内臓が出そうなんだけど。
と思ったらわけの分からないまま千景君の腕から解放されたので、私は塀から校庭の砂地へと飛び降りた。
彼らを見上げれば、なぜかもうすでに私のことは念頭に無い様子でにらみ合っている。
「貴様が香耶に不利益しかもたらさぬ者ならば、この俺がここで斬って捨てる」
「僕は新選組なんて組織がどうなろうと知ったことじゃないけど……香耶が望まないことは基本的にしないよ」
おや。どうやら私のことで言い争っているらしい。なんでこうなった。
童子切安綱を持参の千景君と、トンファーを構える恭弥。謎の一触即発状態を、私は固唾を呑んで見守る。
実力差は明らかだ。フィジカルも、経験も。千景君のほうが上。
今は、まだ。
「恭弥、」
「香耶が言いたいことはわかってる」
わかってる、と言いながらも表情を好戦的に歪める恭弥に、私は苦笑して肩をすくめた。
そのまま千景君に視線をやると、彼もまた口に弧を描いている。
まぁ、千景君なら殺しはしないだろう。相手は(まだ一応)一般人の中学生だ。
そこに、第三者の声が響いた。
「香耶ー!」
「香耶さん、と、ヒバリさん!?」
「あれ、平助君、綱吉君」
この修羅場を見て腰の引けた綱吉君を、平助君が引っ張ってきた。
なんだか珍しい組み合わせ。友達になったのかな。
「授業参観は終わっちゃったか」
「来るのが遅せーって。すごかったんだぜ、1-Aの授業参観。綱吉が教壇に立ってさー」
「へ、平助くん! その話はもういいよ」
なかなか思い出深い授業参観だったようだ。見たかったな。
平助君は目の前の騒動を見て瞬いた。
「あれ、風間じゃん。風紀委員長と何してんだよ」
「ひいぃあっちのひと日本刀ー!!?」
あいもかわらず町民の恐怖の対象である恭弥が校門付近にいるせいで、生徒も保護者も誰一人近づいてこない。来るならよほどの命知らずかマフィア関係者くらいだろう。私に言わせればこの程度の剣気は逆に心地いいくらいだけど。
それよりも平助君の影に隠れてぴるぴると震える綱吉君のほうが面白い。もって帰りたくなる。
しばらく見なかった間に、千景君と恭弥は耳障りな音をたて得物を交差させていた。