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月神香耶side



トライデント=シャマルに会ったのは、べつに恭弥の治療薬を入手するためではない。まぁ、チャンスがあるなら貰えればいいな、くらいの底意があったことは否めないが、恭弥本人が私たちの手を借りたくないときっぱりと断っているかぎりいらぬお節介でしかないだろう。
私の目的はつねに、この並盛に住みつくマフィアや殺し屋のたぐいに接触し、その人となりを観察することにある。

そう私が説明し終えると、目の前に座る黒スーツの赤ん坊はリチャード・ジノリのエスプレッソカップを優雅に傾けた。
並盛の繁華街から少し離れた場所にあるこの喫茶店は、イタリアの家庭ではポピュラーな直火式エスプレッソをおいしく淹れてくれる穴場の名店である。

「なるほどな。香耶が仕事もせずにあちこちふらふらしてるのを、あの新選組の“鬼の副長”が黙って見過ごしてる理由がやっとわかったぞ」

「仕事もせずに、って……失礼だなぁ。デスクワークだけがボスの仕事じゃないよ。仮にもボンゴレボス候補の家庭教師を務めるリボーンならわかっているでしょう?」

「たしかにな。だがおめーには昔から不可解な行動も多い」

ボルサリーノからのぞくリボーンからの警戒の視線に、私は肩をすくめる。

「雲雀のことにしてもそうだ。あそこまで使える奴に育てておいて、香耶はあいつを新選組にするつもりはねーのか?」

「私は私兵を育てているんじゃない。ひとを育てているんだよ」

「つまりはボランティアだとでも言うつもりか」

「平たく言えばね。彼が私に教えを請うたという理由もあるし、彼には強くなってもらわなきゃならないと私も判断した」

稽古をつけると決めた時点で、どんなに新選組の厄介になろうと彼を途中で見捨てるという選択肢はなかった。恭弥は新選組が庇護し、新選組が育てる。敵の多い私に関わるということはそういうことだ。けれど彼を裏の世界に引き込むかどうかはまた別問題。それは新選組が預かるすべての里子たち、マフィア関連の遺児たちも同じ。

「仮に恭弥が新選組に入りたいと言うのであればもちろん歓迎するさ。でも、あの子はきっと言わないだろうね」

恭弥は私の下につきたいのではなく、私と対等にありたいと望んでいる。

「なら雲雀をツナの守護者にしてもいいんだな?」

「恭弥がいいと言うのであれば」

「一筋縄じゃいきそうにねーな」

「まぁ、恭弥だし」

遅かれ早かれボンゴレが恭弥に目を付けることは予想していた。
新選組はマフィアだ。だから恭弥もボンゴレを利用し、こちらの世界に足を踏み入れてくるのかもしれないと。

「ずいぶんあっさりしてるじゃねーか。新選組がこうも簡単に雲雀を手放すとは思わなかったぞ」

「建て前と本音は別物だよ、リボーン。手の焼ける愛弟子が可愛いのは君も同じなはずだ」

にこりと笑って、冷めたカプチーノにやっと手をつける私に、リボーンは何も答えずボルサリーノのブリムを下げたのだった。




っていう話し合いをリボーンと二人っきりでした、およそ一ヶ月後。
夕食を終え人のまばらになった新選組本部の食堂で、不安気な顔の千鶴ちゃんが私に郵便物を差し出した。

「香耶さん、郵便受けにこれが」

「ありがとう。なにこれ……ボンゴレから?」

「消印がないので直接投函されたものだと思うんです。サイズや厚みから見て危険なものは入ってないと思いますけど、気を付けてください」

「ん。了解」

ボンゴレ名義の封筒を開封し中を見ると、船のチケットとリゾート施設への招待状が入っていた。それを見た千鶴ちゃんは目を輝かせる。

「わ、すごい。豪華客船に南の島の遊園地……!」

そんな彼女のテンションの上がった声を聞きつけて近づいてきたのは、食堂に残っていた総司君と平助君だ。

「南の島? 香耶さんが行くなら僕も行くよ。心配だし」

「海外かよ、いいなー。明日からゴールデンウイークだし俺も行きてえ!」

「でもチケットはペア一組分しかないみたいですよ」

たしかに二人分の招待状しかない。

「それじゃあ総司君と平助君のふたりで行ってくるかい?」

と聞けば、ふたりはとたんに面倒くさそうな顔でかぶりを振った。

「総司と二人でリゾートなんてそれただの苦行じゃん!」

「こっちの台詞なんだけど。僕は香耶さんが一緒じゃないなら行く意味ないなぁ。あ、もちろん護衛としてね」

「おまえな……いちいち理由を後付けしても下心が見え見えだからな」

ホントにね。

「あ、あの、招待状は香耶さん宛てに来ているので、まずは香耶さんが行かなければ無効になってしまうのでは……」

「たしかに千鶴ちゃんの言うとおりだね。だとしたら行くのは香耶さんと僕で決定でしょ」

「それ土方さんとか山南さんが許可するか?」

「というか、みんな待ってよ。私行くって言ってないからね」

私の前で喧々諤々と議論を交わす子供たちに待ったをかければ、みんな目を丸くして私に注目した。

「え、行かないつもり? 旅行好きの香耶さんが!?」

「なんでだよもったいねえ!! 行けよ!」

「いやだって……」

招待状には“マフィアランド”と書いてある。マフィアランドと言うとマフィアが警察の目を気にせず寛ぐために、比較的平和主義の各同盟ファミリーが薄暗い資金を出し合って建造したというリゾート島だ。その実態は一部アルコバレーノの悪ふざけの産物である。
このチケットがボンゴレからの推薦状な時点でリボーンが絡んでると見て間違いないので、何事か面倒事に巻き込まれる可能性が高い。
私の解釈に、みんな各々思うところがあったのだろう。それならしかたないな、とその場は一応納得して解散した。


……が。
翌日、私はなぜか豪華客船のスイートルームにいたのである。

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