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月神香耶side
さて、これはどういうことか説明してもらおうか。
「だって香耶さんと旅行したかったんだもん」
と釈明する総司君に、一切悪びれた様子はない。いっそすがすがしいわ。
どうやら彼は昨日の夜、眠る私に催眠スプレーでダメ押ししてから私を連れてこっそり新選組本部を脱出。リボーンの誘導でこの客船に乗船したらしい。リボーンのムチャ振りもさることながら、総司君の行動力に脱帽する。
マフィア関係者専用に作られた客船のスイートルームは、さすが内装もサービスも豪華。ウエルカムドリンクとケーキで疲弊した精神力を回復しつつ、招待状の入った封筒に描かれたボンゴレのエンブレムを眺め、私は観念して溜息をついた。
「今ごろ新選組では騒ぎになってるんだろうな」
「あ、それなら大丈夫。事情のわかってる平助君と千鶴ちゃんに、土方さんに説明しといてって置き手紙してきたから」
「それなんてとばっちり」
ごめん平助君、千鶴ちゃん。こうなったら私も開き直ってバカンスを楽しむことに専念する。
総司君が昨晩荷づくりしたという私の荷物をチェックすると、財布に携帯にパスポート(治外法権の可動島なのでいらないと思うけど)、化粧品に替えの下着と水着。用意のいいことで。
ポーチに入ってたダッカールで髪をフルアップにし、軽めのメイクをサングラスでごまかして、私は立ち上がった。いざ出陣。
「それじゃあ総司君、遊ぶ金を稼ぎに行こうか」
「え、稼ぐって」
「こんなとこで組の蓄財を使い込みたくないからね。現金の持ち合わせもあんまりないし、カジノに行くよ」
「ギャンブルで!?」
ちょっと心配顔になった総司君を引き連れて、私は意気揚々とスイートルームを後にした。
百戦錬磨のギャンブラーから稼ぎを守るために必要なものは、運や勘だけではない。知識、情報、経験と、それから少しの反則スキル。
「……香耶さん、今、ボールの動きが変わったように見えた」
「さすが一番組組長。目がいいね。このルーレットテーブルは機械的な仕掛けで操られている。しかもプレイヤーの内ひとりがサクラを務めてオッズを狂わせているみたい。私たちもチップを買おう」
「明らかにディーラーがイカサマしてるテーブルに座るの?」
「そういうテーブルのほうが好都合なんだよ」
なぜなら私たちもイカサマするからだ。
ルーレットは少しの賭け金に対してペイアウトが高額であるため今の私たちに向いている。
カジノで稼ぐプロのギャンブラーならば、何日もルーレットテーブルを観察してホイールやクルピエの癖を目で覚える。そうしてボールがホイール上を回っている間に、どこに止まるかある程度予測できるようになるのだ。
しかしここは国の法律や規制で守られた安全なカジノとは程遠い。ホストがマフィアなら客もマフィア。イカサマ込みで、それをいかに愉しむか。そういうカジノなのだと割り切るしかない。
実際にゲームが始まると、私は総司君を後ろに立たせ、ベットが締め切られる直前に少ない手持ちのチップをすべてストレートに置いた。普通ならばここから神にでも祈るしかない完全に無作為の世界だが、あらかじめサクラと示し合わせたディーラーがホイールを微かに操るのを私は注視する。そして溝にボールが落ちる寸前に、一瞬だけともした夜の死ぬ気の炎でボールをミリ単位にショートワープさせてやった。
気付いた総司君の視線がちらりと私に向くのを感じるが、私は知らぬ顔。プラスチックケースに守られたルーレットに触れてもいない私のイカサマを疑う者など、ディーラーとサクラ以外にはいないだろう。
結果、同じテーブルで三回ほど大勝ちした後、そこそこのユーロを手にして私たちはカジノを後にした。
「もう少しいれば億万長者になれたかもしれないのに」
「ギャンブルに『潮時』の見極めは重要だよ。私たちの目的はこのゴールデンウイークを有意義に過ごすための適度なお小遣い稼ぎだってこと、忘れちゃいけない」
どうせキレイな金じゃないし。今日明日のうちにぱーっと使い切ってしまえる額で充分である。