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月神香耶side
翌日、マフィアランドに上陸し入島手続きを終えると、なんとなく寝不足気味な総司君を引っ張って私は遊園地へと走った。
ここ最近は仕事に追われてたから、遊園地で遊ぶなんて久しぶり。ボンゴレには感謝……しなくてもいいか。私の仕事が忙しい理由の三割ほどはボンゴレのせいだもの。
「そういえばリボーンに会ってないね。来てないのかな」
「あ、僕船で一回会ったよ。沢田君もお母さんと一緒に来てるみたいだね」
「へぇ。じゃあニアミスしてるのか」
しばらくアトラクションで遊んだ後は、ビーチに移動。水着に着替え、総司君と手をつないで美しい砂浜を歩く。なんだか健全なデートみたいだ。
「こんなに長い時間香耶さんとふたりっきりになるって、今まであんまりなかったね」
「そうだね。……明治時代、君と夫婦だったころ以来かもしれないな」
この平成の時代では、総司君と再会する前から私にはすでに家族があった。敬助君はもとより、歳三君ら大人組みがそうだ。大勢のひとと暮らすこと、いつもそばに誰かの気配があることに、私は安堵を覚えるらしい。
すこしばかり昔のことに思いをはせていると、横を歩いていた総司君が立ち止まって私の手を引いた。振り返ると、高い位置にある彼の視線がまっすぐと私を射抜く。
「香耶さんは、前世の僕と今世の僕を別人だと思ってない?」
その問いに私は瞬いた。
「……どうして?」
「今生では新しい生き方をしてもいいって君は言うけど、僕の心は新選組一番組組長のままだから」
知っている。彼の、マフィアの道に足を踏み入れる覚悟だって、理解している。だからこの道に順応できるよう育てているつもりだ。
だが、彼の次の言葉に、私は瞠目することになる。
「だから、僕が香耶を想う気持ちも変わらないよ。君を愛してる」
「…………っ」
香耶、と総司君が私を呼ぶ響きは、どこか特別に聞こえた。
これが彼の作略なのだとしたら憎い男だ。現にぐらりと髄脳を揺さぶられたような感覚がする。
今、私の目の前にいるひとは、中学生の沖田総司か……それとも幕末の沖田総司なのだろうか。
潮風が横から吹き付け髪を乱すが、私は石柱のように突っ立っていることしかできなかった。
「知っておいてほしいんだ。前世、君と夫婦だったころのことを昨日のことのように思い出せるかと言われたら、否定せざるを得ないけど……。それでもちゃんと覚えてる。君への感謝も、子供が生まれたときの感動も。剣としてじゃなくひととして、生きることが幸せだと僕に教えてくれた、全部を」
君にとってはつらい記憶かもしれない。だけど、
「君が否定しないで」
と。
そう言われて、私はわかった気がした。
亡くすことが、諦める苦痛が怖いと、私は心のどこかで思っていないだろうか。
誰かと心を通わせることに、代償が必要だと感じていないだろうか。
だから向けられる想いが、こんなにも重荷だと。
「私は弱くて、卑怯で。ずっと自分に都合のいい考え方しかできなかった」
「それは仕方ないんじゃない? 心がある限り、誰だって」
総司君ならきっと、許してくれる。とても優しいひとだから。
でも、大切な思い出や想いを拒絶する理由にはならないのだ。
「ごめんね、香耶さん……泣かせるつもりはなかったんだけど」
困ったように笑って、私の頬を指で拭う総司君に、私はなにも答えず首を横に振るしかできなかった。
彼は弱い部分も、醜い部分も受け入れてくれる。だからこそ、彼の翡翠の瞳に映る景色が、綺麗なものであればいいと願わずにはいられない。
このひとがいとおしいのだと、今なら素直に言える気がした。