うかつな女だ(side土方)

土方歳三side



母部するり。未来から来た、というのは本当らしく、この件に関しては信頼の置ける香耶が、それを否定しなかった。
母部の身辺を探っても何も出てこねえのも、一応は納得できる。

だが、母部は始めから何かを企んでるような目をしていた。それは表情だったり、限られた箇所を注視する目線からも推測できた。どうも間諜には向いてなさそうな娘だ。考えてることが顔に出すぎている。
監視をさせている監察方や幹部からも、同じような報告を受けた。母部の剣呑な注意は、現在一心に香耶へと向いているらしい。近々香耶になにか仕掛けるんじゃないかと。
それが現在分かっていることと結論だ。


「面白そうだよね」

「あぁてめぇの意見を何かの参考にしようと思った俺が馬鹿だったぜ」

「酷すぎない?」

狙われている香耶がこの調子だ。総司や周りの人間ばかりが気を揉んできりきりと胃を痛めてる。不条理なものだな。

「たぶんさ、彼女の考えてることは、なんとなく分かる気がするんだよね」

「なんだと?」

俺が最も気になっているのは母部の目的だ。今のところ攘夷浪士などとのつながりは見えてこねえ。
香耶を貶めて、そのあとはどうする? 奴の目的がはっきりすれば、多少の対策は立てられるのだが。

「言うつもりはねえのか」

「私の勘と想像に過ぎないからね。でも私の考えが合ってるとするなら……」

香耶はまぶたを伏せて口角をつり上げた。

「きっと面白いことになる」



結局まったくと言っていいほどなんの参考にもならなかった香耶の意見を聞くだけ聞いて、俺は彼女を部屋から追い出した。
あまり香耶を拘束してても総司がうるせえしな。

だが、香耶が俺の部屋からいなくなって暫時。
香耶の声と、最近よく聞く甲高い女の声を耳が拾って、俺は外へと視線を向けた。

「なんであたしばっかりっ! あんたはどうせ逆ハー狙ってんでしょ! あたしは違うわ、新選組のみんなを幸せにしてあげられるもん!」

「するりちゃんの言いたいことがよく分からないんだけど……つまり、もっと部屋の外に出たいってこと?」

「違うわよバカね! 部屋くらいいつでも出られるし。だってあたしは神様に選ばれた天女なのよ!」

「? へぇー」

あの女、気でも違ってるんじゃねえか? 自分のことを神に選ばれただとか天女だとか。

母部は雪村と分担して、屯所の掃除や洗濯などをさせることになっていた。
無論、泳がせて少しでも怪しい行動がないか見極めるため、常に影から監視されている。
母部は自分が監視されていることに気付いていないらしい。

というか、誰が通るかもわからない庭先でこんな大声でわめき散らして……ずいぶんうかつな女だな。現に俺がこうして物陰からふたりを盗み見ていることにも気付かない。
香耶は気付いてるかもしれねえが。

「それで結局、私にどうしてほしいの?」

「ふふ、そうして何にも知らない振りしてられるのも今だけよ。だってあんたは今から嫌われるんだから

言って母部は醜悪に笑いながら、足元にあった洗濯籠を蹴り倒した。籠からは濡れたままの新選組の隊服が、何枚も土の上に零れ落ちた。
大切な隊服を。母部はさらに草鞋で踏みにじる。

「あ……」

「きゃああああぁぁぁ誰かぁ!!!」

そうして俺は、香耶が嵌められる瞬間をこの目で見ていたのだ。



母部は大声で叫ぶと、自分で踏みつけた隊服にすがりついた。
そこに、悲鳴を聞きつけて隊士がやってくる。

「どうしたんだよ。なんかすげー声が聞こえたけど」

「あれ、香耶さんとするりちゃん、なにやってるの」

平助と総司だ。
ほかに隊士は来ない。ふたりが来ないように言い含めたのかもしれない。いい判断だ。何も知らな奴が見れば、香耶が母部の持っていた洗濯物を叩き落して踏みつけた後、のようだからな。

「平助くぅん、月神さんがぁ」

母部はそばに来た平助に泣きまねをしながら抱きついた。
平助が困ったように香耶を見るのは当然だ。
母部はうつむきながらも嘲笑を浮かべている。鼻で笑った気配が俺にも伝わってきた。演技は巧いが詰めが甘い。

香耶はというと自分が母部の視界から外れたのをいいことに、ぱくぱくと口の動きで何かを伝えてくる。


(だ ま さ れ た ふ り し て わ た し を ば と う し て)

『騙された振りして私を罵倒して』


唇を読んだ平助も総司も虚を突かれたような顔をした。
香耶の奴、なに考えてやがる。
一瞬、場を沈黙が支配したが、まず総司が動く。

「君がそんな奴だったなんて知らなかったなぁ」

「総司君……」

総司が香耶の肩を押すと、その華奢な身体は簡単に地面に倒れた。そんなに力が入っていたようには見えなかったが。どうやら香耶も役者なようだ。
平助の胸に顔を押し付けていた母部が、くるりと総司と香耶のほうを振り向いた。
すると香耶の空色の瞳からほろりと涙が零れ落ちる。
動揺した総司の手がびくっと震えたのが見えた。斯く言う俺も動揺した。演技で涙を流せるもんなのか?

「た、大変だったな、するり! ここは総司に任せて俺らは行こうぜ!」

「うん」

平助に優しく手を引かれて気を良くした母部は、庭に香耶と総司を残しその場を去ったのだった。

母部の気配が去ったところで総司が香耶を抱き起こす。俺も頃合だと思い部屋から縁側に出た。

「おい、香耶。大丈夫か」

「ん」

香耶は俺の顔を見て苦笑する。
彼女が涙の痕を袖で擦ろうとするのを、総司が手首を掴んで押し止めた。
そして。

「ひゃっ! ちょっ…」

総司が香耶の濡れた頬を舐めた。

「んぅー!?」

行為はだんだん酷くなり、顔中を舐め始める勢いの総司を、見かねた俺がぶん殴って止めた。

「いったー! 土方さん、僕が気絶とかしたらどうするつもりですか」

「てめぇがそんなに繊細にできてるわけねえだろ。それより香耶、騙された振りしろってどういうつもりだ」

「あはは、びっくりしたかな?」

香耶はさっきまで泣いてたとは思えない顔でからからと笑う。
こっちの気も知らねえで。ぎろっと睨むと香耶はばつが悪そうに頭を掻いた。

「するりちゃんの目的がはっきりしない間は、あの子の企みに乗ってあげるのも手だと思うわけだよ」

「おまえな……」

俺は本日何回目かの盛大なため息を吐いた。

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