君だけだから(side沖田)

沖田総司side



「香耶さん……っ香耶さん!!」

するりちゃんがいる自室を飛び出し大切な彼女を探す。
しかし、部屋を一歩出たときからすでに見失っていた彼女を見つけるのは、さすがの僕にも至難の業だ。
そんな香耶さんの気配を、土方さんの部屋で見つけることが出来たのは、幸運だったのか、それとも不幸だったのか。


「てめぇ……それ素面で言ってんのか?」

「歳三君の目には私が酔っ払っているように見えるかな」

「……おまえがそこまでするほどこの作戦に価値があるとは思えねえんだよ」

「そうだね。君は隊士たちに、あの子が少しでも邪魔になるようなら斬れ、と命を下した。それがいまでも実行されないのはひとえに私のわがままを通してもらっているからだ。ならば私がここを去ったとき、一体どうなるのだろうね」

「面白がってんじゃねえよ」

何を言ってるんだろう。香耶さん。
僕は締め切られたふすまに聞き耳を立てる。

「私はしばらくここから姿を消す。それが認められないなら、私を拘束するなり処刑するなりすればいい。いかなる処遇も甘んじて受け入れよう」

なぜ……。
命を軽んじる言葉に、平静でいられなくなる。

「何故そこまでする。おまえがあの女にどうしてそこまで思い入れるのか、俺には理解できねえ」

「……そうだな。またいつもの興味好奇心と言ってしまえばそれまでなんだけれど」

彼女の声音はどこまでも静かで。

「私はするりちゃんのことを、自分と重ねているのかもしれない。きっとこの世界で骨を埋めることになるだろう彼女の姿は、無限に枝分かれする平行世界のどこかで生きる私でもある」

「意味が分からねえ……」

「ま、端的に言い換えるなら『時渡りをしたという誼(よしみ)で彼女には私に一種の娯楽を提供してもらおう』ということさ」

「……ようやくすこし分かったぞ。てめぇの命を懸けたタチ悪ィあそびに母部が無意識につき合わされてるってこった」

ええぇぇ……なにそれ!?

「ふふ、それだけ理解が出来てれば十分だよね。とはいえ私もここで処刑されては本末転倒だから、今から京都守護職へ遣いに行くという名目で松平容保公と茶でもしばいてこようと思う」

「はぁ!?」

「歳三君、近藤さんや敬助君、あと幹部には私が極秘任務に出かけたと……そのほかの皆には、月神香耶は沖田総司の浮気現場を目撃し傷心旅行に出たとでも言っておいてくれないかな」

「……はぁ!!?」

な……なんだか話がおかしな方向にそれたような気がするけど、つまり香耶さんは土方さんの許可をもぎ取って屯所を留守にするつもりなんだよね?
そのあとやかましく二、三言い合う声がしたと思ったら、ちょうど僕が聞き耳を立てていたふすまが開かれた。
香耶さんの手によって。

「げっ! そそ総司君!」

「香耶さん、」

心の準備が出来ていないのはお互いに一緒だ。土方さんの部屋のふすまで僕と鉢合わせた香耶さんは、盛大に顔を引きつらせて目を泳がせて逃げようとする。それを捕まえようとして手を取ろうとしたら、するっと華麗に避けられて、僕は内心酷く落ち込んだ。

「待って香耶さんっ、僕浮気なんかしてない!」

もういちど捕まえようとしてもひょいひょいと避けられる。
つ……捕まらない。僕は香耶さんの腕が立つことを今日ほど恨んだことはなかった。

「誤解なんだ、信じて! 僕は何もやってない!」

「総司、おまえそれ……」

いや、何も言うまい。この男が香耶を逃がしたら生涯男やもめ決定だ。なんて言葉が一部始終を見ていた土方さんの顔に書いてある。あとで嫌がらせのひとつしたところで罰は当たらないだろう。
そんなことより今は香耶さんだ。

そう。ほんの僅か……ほとんど瞬きほどの刹那の間、土方さんに注意を向けただけだったのに。
香耶さんは僕の隣をすり抜けて、あまつさえ瓦に飛びついて、尻上がりで屋根の上へと姿を消した。

うっそ……結構重傷を負ってるはずなのにあいかわらず無茶をする。
あわてて庭に下りて屋根を見上げるも、やはりというか彼女は逃亡した後だった。

「香耶さん──」

僕が好きなのは、君だけだから。
ここまでが、風間が屯所に襲撃してくるまでにあった出来事だ。

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