02
山南敬助side
香耶の言うところの『婆娑羅者の世』で生活を始めて、およそ一年が経過した。
本来私が生まれたのは江戸時代の幕末。そこで香耶の力により不老不死を得、それから数百年を彼女の背を追いながら生き続けた。
香耶は気まぐれで大変楽観的な女性だった。
とこしえの年月を生きることに疲れるようなそぶりは見せず、そんな彼女と共にいる私も、そのような憂いは早々に六道の端に置いてゆくことになる。
幕末に生まれ、日ノ本の戦歴や成長を傍観し、飽食の平成時代を経て、そして戦国時代へと時渡りしてしまった時にはなんの冗談かと思ったが。
香耶もはじめこそ頭を抱えて袖を絞ったものだ。
しかし、古今無双の戦乱の世であろうと、彼女の在り方は変わらなかった。
そこでまず順調に人脈を伸ばし東軍西軍大団円の目標をひっそり私に打ち明けた彼女は、その果てしなく難しいと思われた信念をまっすぐ貫き通したまま戦国列強を駆け巡った。
今ここで詳しくは語るまい。三日三晩説明し続けても時が足りない。
ともかく『前の』戦国の世を泰平へと導いた功労者。一番の立役者であった香耶は、なんの因果か真田君に竹中殿、混沌…いや風魔まで連れて、さらに異世界の戦国時代へと時渡り……平成風に言うところのトリップをしてしまった。
再び戦乱の幕開けへと再スタートを切った新生活に大いに脱力した香耶は(香耶でなくともしますよこれは)、日ノ本中を奔走してきた今までの方針を180°どころか270°ほど方向転換し、何を犠牲にしても隠遁生活を貫く、という新たに呆れた目標を掲げた。気持ちは分かりますが。
この世界で生きる方針を決めた彼女は、ほぼ偶発的に連れてきてしまった三人に振り返って、こう言った。
「さて、幸村君、小太郎君、半兵衛君。君たちは私や敬助君と違って不老不死じゃないし、私に君たちの生き方を束縛する権利もない。だから、君たちは君たちの好きに生きていい。この世界で戦をしたいならすればいいし、天下を取りたいなら取ればいい。私は私の隠遁生活さえ邪魔されなければ、君らのなすことすべて受け入れる」
香耶のその言葉は、普段から他人に表情を読み取られるようなへまなどしない歴戦の将たちの顔色を変えさせた。
「待ってよ香耶殿。俺たちをここで野に放って自分は楽隠居なわけ? 元の世界に帰ることはできないの?」
「帰れる確立はほぼないに等しいうえに危険を伴う可能性が高い」
「天下を取る、といってもこの世界は俺たちのいたところとは似て非なるところ。仮にまた織田か豊臣に下るにしても、向こうにはすでにこの世界の『竹中半兵衛』が存在してる」
「そうだね」
「俺は……この世の『竹中半兵衛』がどんな人物なのか知らないけど。でも寝て暮らせる世を作るのは、この世界に住む人間に任せて然るべきでしょ」
「竹中殿……」
「幸村君、君はどう思う?」
香耶のその言葉に、真田君は少し逡巡したあと口を開いた。
「香耶殿のためならばこの幸村、いかな戦場とて武勲をあげてみせますが……」
「そんなこと私は望まないよ」
「やはり……」
そう言ったきり、らしくもなく二の句の告げぬ真田君に、私はそっと息を吐いた。
するとそれまでことを傍観していた最後の一人から、クククと怪しげな笑い声がこぼれる。
「うぬらは何を迷うことがある。香耶は我らの自由にしろと言う。ならば香耶の元で吹きすさぶも一興」
「え」
それに意外そうに声をあげたのは香耶だった。