07

月神香耶side



その日の夜は月が雲に隠れ、絶好の隠密日和だった。


感情の読めない微かな視線をどこからともなく感じながらも、私は無防備に縁側に出て手酌で酒を舐める。
視線の主は昼間の風魔青年だろうか。それとも別の忍か。どっちにしろ今の私など観察しても、せいぜい私がザルだということくらいしか判明しないだろうに。

ふ、と酒精のこもった息を吐く。暖かい風がさらりと肌を撫でた。



「クク……あれを混沌に沈めてやろうか」

「今のとこ害はないから放っときなさい」

でたな混沌。

視界の隅でユラァッと空気が歪んだかと思えば、まるで幽霊のような異様な雰囲気で現れた、我が家の風魔小太郎くん。
誰とも知れない視線の主が動揺するのを感じて、私は心の中で謝罪した。これがうちの混沌の常である。すまん。

小太郎君は酒のにおいにつられてか私の隣に腰をおろし、私の手から杯と銚子を取り上げて、自分で酒をついでそれを口に含む。



「襲撃は宵のうちにある」

三度飲み干した小太郎君は、その杯を私に持たせ酒を注ぐ。私も彼に習ってそれを呷るのを三度繰り返し、杯は再び彼の元に渡った。

「君が縁起を担ぐとは」

「うぬはいずれ我が壊してやろう」


だから、この戦で死ぬなと。


そう自分に都合よく解釈することにして、三々九度を交わす。
最後に私が飲むはずの酒をなぜか小太郎君が銚子から直接含み、大きな手で私の顎を掬い上げたかと思ったら、口移しでそれを流し込まれた。

「んむ、!?」

「眠れ」

いきなり身体から力が抜ける。小太郎君に支えられ、彼の膝の上に抱きかかえられた。
どうやら一服盛られたようだ。

「な、ぜ」

「そのまなこがうつつに醒めるときが混沌のときよ」

どゆこと。
つまり目ぇ覚めたら戦の真っ只中だろうからせいぜいがんばれ、ってことか。これで私も混沌の種子か。
誰かおねねさん呼んできてこいつに説教してもらえ! そんで愛しの半蔵君に「……滅」とか冷たく言われればいいわ!

悪態をつこうにもどうにも口が回らんうえに、頭でめまぐるしく思考するのに反して猛烈に眠気が襲ってくる。

小太郎君の温かい手が私の額を撫でるのを感じながら、私の意識はすとんと暗闇に落ちていった。

次に目を覚ましたとき、村がすでに無くなっているなんて知らずに。

| pagelist |

ALICE+