08
月神香耶side
目が覚めたら風魔君に抱えられて山中を疾走していた。
小太郎君ではなく風魔君である。
「え……なんで!?」
東の空が白々と明るい早暁の時刻。周囲の森に見覚えはなく、ここが私の見知らぬ土地であると理解できた。
静かな視線が私を見下ろし、私も目の前のひとを見上げる。
兜の下に見えるはずの双眸は長い前髪に覆われていて見えなかった。このひとちゃんと前が見えているのだろうか。
「……(このまま小田原に連れて行く)」
「遠っ!」
風魔君の唇ははっきりと『小田原』と刻んだ。
小田原は現代でいう神奈川県の南西部に位置する箱根越え東麓の要駅である。15世紀以降、北条氏五代の間に城郭を整備し城下町を形成。豊臣秀吉の攻撃に備え堅牢な外郭を構築したが、1590年約3ヶ月の篭城のすえ降伏するのだ。
風魔君に運ばれるまま、山頂の大杉の上から西の方角を眺めると、はるか遠くで赤々と燃える私たちの村が見えた。
「……森に火を放ったのか」
「……(忍之衆に火の婆娑羅者がいた)」
「そうか」
みんなは無事か……とは愚問だろうか。
小太郎君が敵の忍に負けるなんて想像できないし、幸村君なら婆娑羅の炎さえ自分の属性に付加できる。
半兵衛君なら女装して私に化けて敵を欺くくらいしそうだし、敬助君は幻術と夜の属性の死ぬ気の炎を扱える。
うん。彼らが朝倉滅亡の暴挙に出ないことを祈ろう。
「それにしても、なぜ私だけ逃がされたんだろう」
「……(彼らは万が一にも『明月』を失うわけにはいかなかったと)」
風魔君の言葉に私は眉根を寄せた。
「……(山南敬助に報酬はもらっている)」
「なにしてんだ敬助君ー!」
月神家のオカンは過保護だった。もしや小太郎君が一服盛ったのもグルか。
風魔君の話によると、皆程よく暴れたところで何も残ってない村を朝倉にくれてやって、その後は小田原に集合する、と決めているようだ。
なぜ私に相談しない。あれか。説得が面倒だったからか。策の弄しかたが半兵衛君っぽいぞ。辣腕を振るう場所を間違えてないかあの軍師?
私はあの村には思い入れが強かったからなぁ……(温泉が…)
でもまぁここまで来てしまったら諦めもつく、というものだ。
小田原に着いたら相模湾で獲れる新鮮な海の幸を堪能しよう。そうしよう。
さて、朝倉のある福井県と北条のある神奈川県。その間に何があるかお分かりだろうか。
そう。山梨県と長野県の大部分を有する武田である。
五体満足の私がいつまでも風魔君にお姫様だっこされて移動するのは耐えられるはずもなく。急ぐ旅路でもないのだから、と寡黙な風魔君を説き伏せて、観光気分でやってきたのは上田城下。
長野県中部にあるここは、北国街道の宿場町であり、真田氏の根拠地であった。