18
月神香耶side
からっと晴れた、小田原の夏。
相模は北条氏政公の居城である小田原城の、三の丸……所謂大臣の官邸にあたる屋敷群に間借りしている私たちは、ここで氏政公の許しを得て、婆娑羅武器の研究や兵士の鍛錬などに明け暮れていた。
そこにバカンスにでも行ってきたような顔で帰ってきたのは敬助君と半兵衛君……美濃で道草食ってたふたり組みである。
「香耶どのー、たっだいまー!」
「半兵衛君おかえりトルネードフロストォォオ!!!」
「うわ危な!!!」
にっこにこで出現した半兵衛君に飛び蹴りをかまして、狙いどおりに彼のふわふわ帽子を奪い取ってやった。
この技のミソはホントに風と氷をまとって攻撃すること。と言ってもこれは見た目の演出のみで殺傷能力のない婆娑羅である。
「俺、死んだかと思った……」
「香耶、遅くなりました。……何ですかそれ?」
「敬助君もおかえり。これは人為的婆娑羅発生装置、ってとこかな。この暑さでしょ? どーしても空調が欲しくてさー」
言っててのひらでくるりと回して見せたのは、きらきらと冷気を纏う春霞キセル。ちょっと普通より大きめ。
中にじっちゃん(氏政公のことだよ)と風魔君の協力により分けてもらった氷と風の婆娑羅が封入されていて、これを吸うだけで簡易婆娑羅者が出来上がるというわけ。もちろん吸ったぶん吐いたら効果はお仕舞いだし、定期的に婆娑羅を補充する必要がある。そのうえ人を襲えるような強力な婆娑羅は出ないので、戦向きではない。本物の婆娑羅者にとっては無用の長物だ。
だけどこの画期的な発明に、じっちゃんはもろ手を挙げて喜んだあげくぎっくり腰にまでなった。……大惨事だった。
「実を言うと婆娑羅の能力って、貴賤に関わらずこの世界に生まれた者なら誰しもが持ってる素質だと思うんだよね。実際に役に立てなさそうな極微量の婆娑羅をもつ人間ならわんさといるし。だったら婆娑羅ってもっと生活に根付かせてもいいような気がするんだ」
これはこの世界に来たときからあった構想だ。目下の目標は、弱い婆娑羅をどれだけ効率よく補充できるか、かな。
そのキセルで半兵衛君の帽子をくるくる回し、それを宙に投げてすぽんと自分の頭に被せてみる。
「へぇ、意外だなぁ。香耶殿が武器以外のものを作るって」
「まぁ、糧を得るにはそれが一番手っ取り早かったしね」
「この婆娑羅は私たちの身体に入れても大丈夫なんですか?」
「たぶん大丈夫。一応ねんのために、私、幸村君、風魔君、北条のお侍さんたち、で試してみたけど異常は起こらなかった」
「なるほど……面白いですね」
敬助君は研究者魂に火がついた顔で、私のキセルをためつすがめつ注視する。
頼むから……頼むから死ぬ気の炎で解体だけはしないでね! 苦労が水の泡になる!
「山南殿ー、後で俺にもやらせてね」
「私がこれを壊さなければ貸しますよ」
壊すことを前提にしないでくんない!!?
私はごほんと咳払いして半兵衛君に向き直る。
「……さて、君には別の話があります。“月神重虎”くん?」
「げ」
半兵衛君は嫌な予感を察してか、その場からじりっと後ずさった。