21

真田幸村side



小田原城から下を見下ろし、月の女神は誰を想うのか。



「……風魔殿が心配ですか?」

思わず自分の口をついて出た科白に、内心舌打ちしたくなった。
彼女がそれに否と応えるわけがない。


「心配はするよ。小太郎君も心配だけど、敬助君や半兵衛君、それに当然、幸村君だって。すごく心配した」


香耶殿……。

彼女の言葉を噛み締めるように、私は唇を引き結ぶ。
枯れ果てたと思っていた激情が見の内に湧きあがる。



「私はいつだって、君たちにはしたいことをして自由に生きればいいと思ってる」

あなたの優しい言の葉は、いつだって私を解き放とうとする。
しかし知らないでしょう。その言葉で、私がどれほど不安になるか。
あなたこそ私の手の届かないところへ消えてしまうのではないかと。



「だけど……君たちのだれかひとりでも不幸になっちゃったら、」



「きっと私は、私のせいだと自分を責める」



私は、あなたの思っているような清廉な存在じゃない。
あなたの命令で、言霊で、私をがんじがらめにして欲しいと……そう望んでいることなど。
そのためなら、わが身に降りかかる不幸などいくらでも受け入れるというのに。

月を背景にゆるりと振り返る香耶殿は、きらきらと銀髪が光を反射して、まるで自ら光を放っているようで。

「……っ!」

私は息を呑んだ。離れて控える風魔小太郎も。



見惚れる。

月さえかすむその姿に。



「君たちは、特別なんだよ」

「香耶……どの、」



ああ、どうか。あなたの口で、至上の声で、私を必要だと言ってください。

私は、ほぼ無意識にその場に片膝をついた。
彼女の狼狽した視線が、わが身を包む。

「我らは……否、私はもう、あなたを月の世にお返しすることはできませぬ」

「……幸村君」

「しかしこの幸村、愚鈍なれば真田が槍にて御身に奉ずるのみ」

「……私は君が役に立つからという理由でそばにいることを許しているわけじゃないけれど……でも、それが君の誠意の表しかただと言うのならば、私はそれを受け入れよう。幸村」

華奢な手が私の頭に……六文銭の鉢金に触れる。この鉄(かね)は、私の身を案じ香耶殿が手ずから仕込んだものだ。

「君の思うまま、君の幸福のため最善だと思う道を歩み続ければいい。その私の考え方は変わらない。けれどいつか、敵に背を向け、生き恥を晒すときが来ても、それは私の命だと心得て生き続けて」

「……はい」

「そんな君が、私には必要だから」

「はい……!」



生来ひとの上に立つ者の気配。覇気。お館様亡き今、香耶殿のようなひとには、きっともう未来永劫出会えまい。

人々の上に輝き続ける月と称される彼女は、私の歩むべき道をただ静かに照らす。
この世にただひとつしかない月君にめぐりあえたことを、私はよろずの神々に感謝しよう。



恋情も愛欲もすべて見えぬところに押し込んでしまえばいい。

| pagelist |

ALICE+