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土方歳三side



大粒の雨が、石造りの四条大橋の石畳を叩く。そこらじゅうに散らばる黄金の粒を濡らしながら。
香耶が橋から川へと落ちた。蒼白になって欄干に手をかけた総司を、雪村がしがみついて止める。

「ま、待ってください沖田さん! 命綱も無しに飛び込むのは危険すぎます!!」

「離せっ…泳げないんだよ! 香耶さんは!」

「落ち着け、総司!」

たしかに香耶の性格を考えて、この十年で泳ぎを克服している可能性は低い。しかも出血のせいで意識が朦朧としていやがった。
ゼロの野郎は弱って出てこられねえらしいし、このままじゃ香耶は確実に溺れ死んじまう。

その時、浪士をあらかたしりぞけた山崎君が、縄を持って俺に駆け寄った。

「副長!」

「よし。俺が行く。お前らは縄を頼む!」

俺は刀を外し、身体に縄をつないで、濁流に身を投じた。まだたいして大雨ってわけでもねえから、これでもマシなほうだ。

香耶の姿は川底にあった。見ると、袂に黄金が溜まって、その重みで沈んでいたようだ。そいつを全部捨てて、香耶の顔を水面に引き上げる。

大丈夫だ。意識はねえが息はある。
しかし傷が水に浸かってると血が止まらなくなる。早いとこ陸に上げねえと手遅れになっちまう。肩の傷口から水面に流れ出る血は、瞬く間に黄金に変じてぽろぽろと川底に沈んでいた。

「……説明は後でしてもらうぞ」

だから、死ぬんじゃねえぞ、香耶。
続く言葉は、声にならなかった。



川岸に引き上げ、雪村に傘を持ってもらい、その下に香耶を横たえる。止血のため肩口を布で縛り上げた。
香耶の顔に貼りついている髪をぬぐってやる。髪は元のまばゆいばかりの銀色を取り戻していた。
そうしていると下手人の宍戸槻が、島田に取り押さえられたまま声を上げた。

「歳三様は…それが化け物と知っても、受け入れられるとおっしゃるのですか!」

「うるせえよ」

「君さ、黙っててくれない? それ以上しゃべると僕が斬っちゃうよ」

「香耶さんは香耶さんです! 優しくて、明るくて、人の仕事の邪魔ばっかりして!」

おい雪村。最後のはただの苦情じゃねえか。否定しねえが。

「で、も…」

はぁ、やむを得ねえな。
まだなにか言いたげな宍戸槻の目の前で、俺は未だ気を失っている香耶の首の後ろに腕を回した。

そして。
その口に吸い付いてやった。

「……、……っ! んんぅ!?」

香耶が驚いて目を覚まし、口を開けた隙に、舌をねじこむ。俺が調子に乗って、わざと音を立てて口腔をかき回してやると、香耶の身体から徐々に力が抜けた。
そのぐったりとした身体を抱きこんで、香耶の肩越しに宍戸槻を見やり、にやりと笑って俺は言った。

「これが俺の答えだ」

「っ!!」

「連れてけ」

「は、はい」

監察方に連行される槻や浪士たちを見ながら、これでやっとこの件も終わったのだと息を吐いた。

「土方さん…加茂川の魚の餌にしてあげます。斬られてください」

背後で殺気立って鯉口を切る総司の相手は、まだこれからのようだがな。




さっきまで激しい雨が降ったりやんだりしていたが、今はもう雲の隙間から晴れ間が覗いている。

「血の呪い、か」

俺たちは全員濡れネズミで屯所に帰りついた。
貧血でふらふらの香耶は総司が背負って帰り、雪村が身体を拭いて着替えさせた。
しばらくして落ち着いてから、幹部を集めて報告会議が開かれた。そこでされた香耶の話は、信じがたいものだった。


「外傷を得て流れる血が、私の肌を離れた瞬間に黄金に変化する。そして傷はすぐ治る。という特異体質なのだよ。私は。これは生まれつきではなく私にかけられた血の呪いによるものだ」


という話だ。
あの場に居合わせなかった幹部らは信じがたいようだったが、俺は実際に血が黄金に変化するところを見た。それに、あんなに深かった肩の傷が、屯所で包帯を巻くころには塞がっていたんだ。信じねえわけにはいかねえだろ。

なるほど、こいつが金を湯水のように使えるのは、つまりこういう訳だったんだな。入り用のときは、手でも足でも切りつけて血を出せばいい、と。
橋の上で集めてきた黄金の粒をみて、俺は眉間にしわを寄せた。

「馬鹿やろうが。てめえの体を傷つけるような真似すんな」

「へえ、こんな羅刹まがいの私に、優しいことを言ってくれるんだね。ありがとう」

あの濁流で拾い上げた狂い桜の簪を、手元でくるくると弄りながら香耶は笑った。

「……おい、ちょっと待て。なんでてめえ羅刹のこと知ってやがる」

「今更な話だねぇ、歳三君ったら。羅刹の存在はもう十年以上前から知っているよ。綱道君とは知り合いだったって言ったじゃないか」

「そんな大事なことを黙ってるんじゃねえよ!!」

「あはは、ごめんごめん」

こっちは笑い事じゃじゃねえんだよ!
……もういい。わかった。
俺たちはもうこの程度でおいそれと香耶を処分するなんてことはできねえからな。総司がどうこう言うとか以前に、新選組を預かる会津中将と仲のいい友達だっつうんだから。
とにかく香耶のこの話しは、幹部一同に緘口令がしかれることとなって幕を閉じたのだった。



会議が終わり、俺が自分の部屋で仕事をしていると、総司が珍しくまじめな顔してやってきた。

「土方さん、何であの時 香耶さんに口付けしたんですか」

「なんでもなにもありゃ宍戸槻を説得するために」

「やりすぎなんですよ。知ってるでしょう? 香耶さんは僕と恋仲なんですよ」

「…やりすぎだったのは認める。調子に乗ったことも。だがてめえが香耶と恋仲だってのは認めるわけにゃいかねえ」

香耶が総司にほぼ丸めこまれる形で恋仲になったのは知っている。

「……それって…新選組の副長として? それとも、一人の男として、ですか?」

「…………どっちもだ」

「ふぅん………」

そう、あれは、説得のためとかじゃなく、本当は俺が望んだ口づけだったんだ。
だから、止まらなかった。止める気も無かった。
大馬鹿やろうだ、俺は。今頃になって、やっと気付いた。



「……負けませんから。絶対に」

言い捨てて部屋を出て行く総司の後姿に、俺も強く言い放った。

「かっさらってやるよ」

俺は、香耶が欲しいんだ。

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