57

月神香耶side



男達の会話をぼそぼそと聞きながら、私は目を覚ました。

「なるほど。要注意なのは沖田と」

『あと土方さんでしょうかね』

何の話だろう。
私はふすまからもれる夕日が眩しくて、目が開けられない。

『香耶さんって、そういうことに無頓着ですからねぇ。でもそのかわり、一度自覚すると、とことんのめりこむタイプなんです』

え、私の話?

『まぁあんまり警戒しすぎもよくないと思いますが。人間不信になっちゃいますし』

「俺に指図するなよ、ゼロ。煤の分際で」

『ひどっ! 僕は力の使いすぎでこんな姿になってるだけですぅ!!』

私がごそごそと目を擦って寝返りを打つと、ふたりが一斉にこちらを見た。

「起きたのか」

「ん…かおるくん……?」

「まったく手のかかる。年増が無茶するな」

「……年増言うな。この餓鬼」

そこにいたのは、十年以上ぶりに会う、小生意気な少年、薫君だった。

「だってお前、初めて会ったときに歳、」

「ぎゃああああ!! それ以上はだめえええ!!!」

私は布団から飛び起きて、薫君に飛びかかる。けれどひょいと避けられて、私は畳に突っ伏した。

「別に、誰も聞いてないだろ」

「誰もいなくてもだめ。私の歳は生涯口にしないで」

そう、これが薫君をみんなに会わせたくなかった、その理由。この子、私の年齢を知ってるんだよね……。

「そこまで命令される筋合いはないね」

「それでも!」

『まあまあ香耶さん。そうだ、体調、よくなりました?』

ゼロの執り成しに、私は初めて、身体の熱もだるさも治まっていることに気づいた。

「あ、身体はすごく楽。すごいな、鬼の風邪薬」

「ふん、鬼の薬は凡そ人間には強すぎるものなんだよ。そんなことより、あそこから助けてやった礼はないのか」

「は、え?」

私はようやく周りを見渡した。

「ここ、私の部屋……」

私たちがいるのは、新選組の屯所の、私が千鶴ちゃんと一緒に使ってる部屋だった。

「連れて帰ってくれたんだ……ありがとう」

みんなが助けに来てくれることになってたはずだけど……うん、まあこれはこれで、結果おーらい、とゆうやつだよね。

「……香耶さん」

薫君は急に声のトーンを落とす。
眉尻を下げ、上目遣いで私をうかがう彼の様子は、千鶴ちゃんを見てるみたいで。

「どうしたの」

「香耶さん、あの時……あの後どうなったの?」

「あの時?」

ずいぶん深刻そうな表情をするものだから、私は思わず背筋を伸ばした。
あの時というと…まさか、

『まさか、雪村の里が襲われたときのことでは…』

ゼロが私の心中を代弁した。
私はゼロを見て、そして薫君の顔を見る。薫君は、神妙な顔で頷いた。




それは、十余年前の話になる。
私は、燃え盛る村の中、逃げ遅れた薫君を捜して走った。




私がこの世界に着いて、まだ日の浅い頃の話。

東に住む鬼の里は、人間の侵攻を受けた。戦を拒む雪村の鬼たちは、無抵抗の誇りを守って虐殺された。私を村に迎え入れてくれた、純血筋の鬼夫婦も、殺されてしまった。
けれどその忘れ形見たちは、生き残っていたのだ。

その双子の妹、千鶴ちゃんは、雪村綱道に連れられ落ちのびることになる。
綱道君ってところがあまりに心配だったので、彼のほうにゼロを行かせた。だって綱道君が戦いに長けてるとか聞いたことなかったもの。

そして私は、燃え盛る村の中、逃げ遅れた薫君を捜して走り回った。
小さな子の泣き声が、耳にこびり付く。人の焼ける匂いに息が詰まる。目の前に広がる光景は、この私でもしばらく夢に見そうなほどの有様だった。

「薫君、薫君!!」

「香耶姉ー!」

母親の遺体にすがりつく幼い薫君を、ようやく発見するころには、辺りは火の海になっていて、夜なのに、村は昼間のようだった。

「おかあさんが!」

「忘れないよう目に焼き付けておけ! 逃げる!!」

私は薫君の軽い身体を肩に担ぎ上げ、炎上する屋敷から脱出した。
火の届かない路上で彼を降ろし、しっかり手をつなぐ。村全体が燃えている様子に、薫君は絶望の表情を浮かべた。

「こほっこほっ、香耶姉、もう……」

「諦めるな。まだ命はある。知らない? 君も私も、これさえあれば、できないことはないんだよ」

「香耶姉……」

私は腰に差しておいた“大通連”を、薫君に手渡す。

「これ……」

「今日から君のものだ」

「……」

薫君は、その幼い身体に不釣合いな、大きな刀をぎゅっと握って、泣きそうに顔を歪めた。

「俺……人間なんか……嫌い。憎い」

「うん」

「でも、香耶姉は好き」

「……ありがとう」

「香耶姉が死んだら俺も死ぬ」

「私は死なないよ」

「じゃあ俺も死なない」

「うん」

私たちは、手を取り合って歩き出す。
しかし、その手はすぐに引き離されることになった。



「おい、ここに生き残りがいる」

「いぶりだされてのこのこ出てきたか」

「「!!」」

村を出たところでは敵が待ち構えていたのだ。
薫君が“大通連”の柄を握り締めるのを、私は視界の端に捉えると、その彼の行く手を遮るように、敵の前に躍り出た。
私が“狂桜”を抜き、目にも留まらぬ速さで敵を切り伏せてゆくのを、薫君は半ば呆然と見ていた。

この時、私にも油断があったことは認めざるを得ない。薫君の後ろにも敵が迫っていることに、気づくことができなかったのだから。

ざりっ、という足音と、殺気。男の手。私は、はっとして振り返った。

「──薫くん、後ろっ!!」

「っ!!!」

薫君に迫った危機に、私はとっさに“狂桜”を投げ放つ。その刃は敵の首をはねた。
その返り血が頭上に降り注いで、薫君は悄然とする。

「走れ、薫!!!」

夢中で叫んだ。
丸腰になった私は、残っていた西国藩士に、背中を袈裟懸けに斬られる。
黄金が、飛び散った。

「香耶──」

私はふり向きざまに敵の刃を引っつかみ、引いて刀を奪い取る。

「竹林へ! 向こうには敵の気配はない、行け!!」

「で、でもっ」

「私は死なない。死んでたまるかっ!!」

そこに居合わせた西国藩士には、銀の髪を振り乱し、血と黄金にまみれ刀を振るう私の姿こそ鬼神に見えたのだと。
後にそう言い伝えられることになる。

「――行きなさい、薫君。これは今生の別れにはならない」

「……死ぬなよ。俺、鬼として、生き延びて、香耶姉を探すから。約束だからな!!」

「うん。鬼の約束だね」

私は力強くうなずくいた。
それを見た薫君は、ぐしぐしと涙に濡れた顔を拭いて、きびすを返し走り出す。
これが、私と薫君が互いに顔を合わせた最後だった。この後、薫君は土佐の鬼の一族、南雲家に入ることになる。




『あはは、香耶さんがそのくらいで死ぬようなタマじゃないですよ』

西本願寺の 私と千鶴ちゃんの寝室に、ゼロののんきな笑い声が響き渡った。

「お前には聞いてない。うるさい蝿は黙ってろ。この役立たずが」

『ひどくなってないですか!?』

「まあ、生きてまた会えたんだから、よかったじゃないか」

「よくない。やっと見つけたと思ったら、新選組に、薩摩の鬼だ? ふざけるなよ。面倒くさいものに首を突っ込みやがって。お前は学習しないのか」

なんて、憎まれ口を叩く薫君。
でも、わかってる。私のことを心配してくれてるんだよね。

「それでも私は、人に関わることをやめはしない。どうせくたばり損ないだもの。やりたいことをやって生きるさ」

私のまっすぐな目を見て、薫君はまぶたを伏せ、息を吐いた。

「──はぁ。香耶さんらしいよ」

薫君はすっと立ち上がって、部屋のふすまを開けた。

「もう俺は帰る。──香耶さん、死ぬなよ。次に会うときまで」

「うん。鬼の約束だね」

夕日を浴びて微かに笑う薫君に、私は力強くうなずいた。

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