09


「も〜、どこに居るの?早く出てきて〜!」

夕陽を見送り闇に包まれた夜になったのに肝心の鬼が出てこない。
鎹鴉に聞いても、コノヘンーコノヘンーとしか返してこないから、なんて適当な!と草を千切って鎹鴉に向かって投げて八つ当たりをしていた。
そんなことをしていたら草で指を切ったらしく、ピリリと痛みが走った。

「地味に痛い!バカ鴉のせいだー!」

「血の匂いがする!」

「あーっ!やっと出た!でやっ!」

血の匂いに釣られてひょっこり現れた鬼の頸を瞬時に切り落とし、南無…と手を合わせ鎹鴉に任務状況を聞くと、どうやらこれで終わりらしい。
よし!と気合を入れて無限列車へと向かって走り始めた。

あれからどれだけ経ったか、線路を見付けてその線路上をずっと走っているがなかなか辿りつかないが、ぶつかり合うような鈍い音が遠くの方から聞こえる。
鳥達が少しずつ鳴き始めた声がするのは、打ち合う音のせいか夜明けが近いせいか。
お願い、間に合って……!

「あっ!列車が倒れてる!」

もうとっくに魘夢は倒された後のようだ。
という事は、あの激しい打ち合いの音は間違いなく杏寿郎さんと猗窩座との戦いだろう。
段々と近付くにつれ、自分の心音が大きくなっていく。
もう目と鼻の先だと思った瞬間、大好きな背中が見えた。

「ここにいる者は誰も死なせない!!」

この台詞!
ダメ!逝かせない!!

色の呼吸 参ノ型 色彩無切慕
炎の呼吸 弍ノ型 昇り炎天

先に色の呼吸で四方の色を無くし生き物以外の色の動きを全て止めてから、炎の呼吸で杏寿郎さんを貫かんとする腕を切り落とした。
良かった、色を無くしたおかげで私でも切れた!

「友里っ……!」

「友里さん?!」

1秒経つか経たないかで全ての色が戻ったが、杏寿郎さんと猗窩座の技は消えて無くなっていた。

「はぁ……はぁ…間に合った……」

「誰だ、お前」

へぇぇえ!聞いたことあるぞー!その声!無駄に良い声ですねぇ!えぇ!
全速力で走った後で立て続けに違う種類の呼吸を使ったせいか噴き出る汗をそのままに、日輪刀を猗窩座に向けたまま杏寿郎さんをチラリと見ると、失くしたくないと思っていた左目は血が滴り硬く閉じていた。
……守れなかった。

「許さない!上弦の参!!」

「いや、だからお前は誰だよ。女は趣味じゃねぇから下がってろ」

「はぁ?!この私が相手をしてやるって言ってんだよ!かかって来い上裸タトゥー野郎!」

これ以上杏寿郎さんに意識が向かないように必死に挑発する。

「やめろ!友里っ!」

「女は趣味じゃないって何?男色なわけ?こんな大勢の前で何言って」

「黙れ」

バチンッと裏拳で頬を打たれ、飛ばされる前に日輪刀で地面を抉り、その場に留まる。
よし、挑発に乗ってきた。このまま時間を稼げば朝日を待てる!

「私は次の柱候補だ!お前の頸を切って柱になる!構えろ上弦の参!」

「ほう、良いだろう。柱となりゃ女だって容赦しねぇぞ」

「友里、何を言って……」

この人の為なら口汚い挑発だって言うし、嘘だってなんだって付く。
柱候補なんて真っ赤な嘘だし、別に男色をバカにするつもりもない。

「約束、守ってくださいね!」

杏寿郎さん!と振り返って伝える。
大好きだから、生きて。

色の呼吸 壱ノ型 狂彩円舞

振り切った日輪刀から濃い様々な色彩が猗窩座にべちゃりと絡み付き、色の違いで皮膚が破けたり剥がれたり切れたりしていく。
色に気を取られている内に頸を切ろうと日輪刀を振り下ろすと、金属が交わる様な高い音と共に弾かれてしまった。

「ぐっ、」

「残念だったなぁ、友里チャン?」

頸を狙った私の首を掴み、高く掲げる猗窩座。
苦しいが、まだ頸を狙える。
ガチリと猗窩座の頸に日輪刀を当て、振り子のように身体を揺らす反動で日輪刀の先の方を足の爪先で引っ掛けて圧を加える。

「うっ、ぐっ」

「チッ」

ほんの少しずつ切れてきたと思ったら打ち捨てられてしまった。
急に空気が気管に入り、勢いよく咳き込んでいると、猗窩座に髪の毛を掴まれ上を向かされる。

「お前も後から相手してやるよ、杏寿郎。だから待ってろ」

猗窩座の横を見ると今まで見た事のない青筋だらけの形相で杏寿郎さんが日輪刀で猗窩座の頸に一太刀入れていたが途中で止まっていた。
凄い勢いで薙ぎ払い、炭治郎の元まで吹っ飛ばされている。

「ぁ、杏寿郎、さん……!」

「……ハッ!そうかよ、お前らそういう仲だったのか!」

どういう仲だよ、という突っ込みは流石に出来なかったが、目線はもう目の前の猗窩座よりも杏寿郎さんに向いていた。
動いてはいるから生きてる!良かった。

「は、ん?!」

ぬぢゅ、と舌を吸われ濃厚なキスをされているのだと気付いた。鬼の、猗窩座に。
角度を変えて更に深く舌を差し入れて上顎を撫でるように舐められる。
人間を喰らう鬼にキスされたと思った瞬間、吐き気が込み上げてきた。

「ゔっ、……ぅえっ……」

「おいおい汚ぇな。その上失礼過ぎんだろ」

「ぉぇ……ゔっ……」

吐き気が止まらず夜食にと食べたおにぎりが全て出て行ってしまった。うぅ……確かに汚い。

「チッ、もう夜が明けるじゃねぇか……杏寿郎!もっと良く考えとけよ」

そう言うと私の髪を掴んでいた手を離し、素早く森の方へ向かって走り出して行く猗窩座。
私は殺されずにすんだのか……あれ?炭治郎くんのイベントは無いの?私が理を歪めてしまって杏寿郎さんが生きてるから無いのかな……?

ゴオッ

「逃げるな卑怯者ー!友里さんになんて事をするんだ!謝れぇえ!!」

えぇー…刀を投げる理由、弱くなぁい?
あ、でもしっかり刺さったみたい。猗窩座の殺気が急激に強くなって消えて行った。
昇ってきた朝日がキラキラと眩しい。いやぁ殺されずラッキー。
それにしても猗窩座は本当に男色なのか、単にフェミニストなのか…でも男色なら私にキスをするのはおかしいよねきっと。

「友里、友里……!」

「はーい、生きてますよ〜」

揺さぶると頬と首が痛いのでやめてくださーい。とお願いしたい所だが、あまりにも必死に呼びかけくれるので何も言わずに微笑み掛けておいた。

「何故あんな行動を取った!何故俺の前に立ちはだかった!」

「だって、杏寿郎さん避ける気無かったですよね?」

「………は?」

きっと杏寿郎さんは攻撃を受けるつもりだったんだ。後ろに居た炭治郎くん達や乗客達を庇って。
そんなの、煉獄杏寿郎を救い隊の私が許すはずないじゃない。

「それよりも!杏寿郎さん、目!治療しないと!もしかしたらすぐに治るかも!」

「……いや、眼球が潰れているからもう難しいだろう」

ひぃぃ。なんて恐ろしいことを言ってのけるのだろうこの人は。痛いだろうに……。
そう思っているとどんどん隠の人達が来て乗客を助けたり、簡易的に治療したりしていた。

「友里さん、大丈夫ですか?」

「炭治郎くん!ありがとう、大丈夫だよ!禰豆子ちゃんは?」

「あ!禰豆子……!」

「おい!お前!雌のクセに強いな!俺と勝負しろ!」

「コラ!伊之助!すいません、こいつ嘴平伊之助って言います」

突然、猪頭が登場してびっくりしたけど、本当にリアルにできているのを間近で見て感心してしまった。
ちょいちょいと突いて口に手を突っ込んだら、本物の口もその位置にあったようで、ふにふにとどうも唇を触っていたようだ。
身体を赤くして怒った伊之助に、ごめんね!と笑ったら余計に身体を赤くしていた。知ってるんだぞ〜。素直に言われると照れちゃうって。
その後合流した善逸にプロポーズされたけど、杏寿郎さんが無言の圧で黙らせていた。父親なのかな。

「杏寿郎さんは全治8週間ですって!因みに私は自宅療養です!」

あの後、隠の人達に簡易的に治療をしてもらい、蝶屋敷へと連れてこられていた。
もちろん杏寿郎さんと炭治郎くん達も一緒に。

「そんなにかかるのか……」

「そりゃ、片目が見えなくなって骨折と内臓も治していかないとですしね」

他にも細々と怪我があるし、呼吸で治りが早いと言ってもこれから片眼で暮らしていかなければならないから、歩行訓練などのリハビリも待っていると思う。
正直、こんなに大怪我を負っている杏寿郎さんを今まで見たことがなかったから、私も少なからず動揺している。

「………帰ったら友里に聞きたい事がある」

急に至極真剣な面持ちになり真っ直ぐに私を捉え、まるで拒否権は無いとでも言うかのように低い声で言う杏寿郎さん。
猗窩座との事できっとまた危機感が無い云々を言われてしまうのだろうかと震えたが、生き残ってしまった以上そう問いただされてしまうのは覚悟しなければとは思っていた。

「はい。私もお伝えしたい事があります」

まだ明確な決定は出されていないが、杏寿郎さんは柱を続ける事は難しいだろう。
これ以上、杏寿郎さんの負担にならないように煉獄家を出ようと胸に誓った。





ーーー……