08


炭治郎くんに会ってからもうすぐ3ヶ月。
杏寿郎さんとはなかなかすれ違いの生活を送っている。
無限列車への任務を今か今かと待っていると、鎹鴉がやってきて、今日の夜単独で近場の東の方で任務だと告げてきた。

「今日も単独かぁ…」

前は2人ペアとかが多かったが、2年目の隊士ともなると単独任務が多くなるのだろうか。
順調に階級も上がっていて今は庚だ。
きっといつものようにすぐ終わる任務だろうと、息を吐いたが気を引き締めて、朝食後の掃除もそこそこに日輪刀の手入れをしに行った。

「兄上!お帰りなさい!」

「うむ!ただいま帰った!」

あ、杏寿郎さんが帰ってきた。
パタパタと玄関へ足を運び、杏寿郎さんへ問いかける。

「おかえりなさい、ご飯食べますか?」

「うむ、少し頂こう!今夜も任務でな、列車に乗らねばならんのだ!」

だから食べたら風呂に入り仮眠をしたい!と笑顔で言う杏寿郎さんに、私は緊張で笑えなかった。
今日?よりによって今夜なの?私の与えられた任務を私情でずらす事なんてできない。

「わ、かりました。お風呂の用意も直ぐにしますね。あの、列車ってどこからどこに向かう列車なんですか?」

訝しげな視線を寄越されたが、列車って珍しくて……と言うと、笑いながら行き先を教えてくれた。しっかり聞いてから風呂の薪を取りに外へ出る。
冷や汗が止まらない。今日、運命の日だ。
猗窩座との対峙は朝方近く、それから1時間ほど前までに辿り着けば間に合うだろうか?下弦の壱・魘夢との戦いで大怪我を負ってしまう炭治郎くん達には申し訳ないけど、自分の任務も放ってはおけない。
もし非番だったとしたら無理矢理にでも杏寿郎さんに着いていっただろう。
日輪刀の手入れ用品も携帯して行こう。軽い夜食と一緒に。
任務前には千寿郎くんを抱きしめたい。槇寿郎さんと少し話したい。杏寿郎さんよりも早く、日が落ちる前に出る予定だから顔を良く見ておこう。

もしかしたら私が死んでしまう日。
杏寿郎さんを救えなければ一緒に死のうと思っていた。
悔い無く潔く。





ーーー……





これは愛情かと問われれば是。
これは恋情かと問われれば否。
私にとっての煉獄杏寿郎は好き合って付き合いたい存在ではない。
想いが膨れ上がり、ただただ生きていてほしいと願って止まない人物なのだ。それ以上は何も求めていない。
杏寿郎さんと共に生きて帰れたならそれはもうラッキーとしか言いようがない。
杏寿郎さんが生き、私が死ぬ事になっても嬉しい限りだ。一度は死んだ人生を新たに捧げられる。
一緒に死んでしまったなら受け入れるしかないだろう。そこに私だけが生き残るという選択は毛頭無い。

「千寿郎くん、ぎゅってして良い?」

「えっ、ええ!」

「ふふふ、えーい!」

ぎゅっ
まだまだ幼い千寿郎くん目一杯抱きしめて、千寿郎くんの頭に頬擦りをする。
今は杏寿郎さんが寝ているお昼前。2回目の洗濯物を干している所に本を数冊を持った千寿郎くんを捕まえた所だ。
ちっちゃい、可愛い。

「ああぁあのっ、友里さん?!」

「可愛いねぇ千寿郎くん。おばちゃん癒されちゃう」

未だに抱きしめながらぐりぐりと頭に頬擦りをかましている。
そうなのだ。もう精神年齢は31歳。立派なおばちゃんだ。

「友里さんはおばちゃんなんかじゃないですよぅ……あ、姉上のように思っています!」

「ほんとっ?嬉しい!千寿郎くんが弟だったらって思ってたの!」

「で、では、本当に……あの、義姉上に、なって……」

「ん?声ちっちゃいよ〜聞こえなかった!あ、そしたら杏寿郎さんが私のお兄ちゃんになるね!」

嘘。ほんとはちゃんと聞こえてた。
本当にってことは槇寿郎さんの養子か杏寿郎さんのお嫁さんになるしかない。
でもどっちもなれないから空想のお話止まり。

「千寿郎くん、いつも優しくしてくれてありがとね。大好きだよ」

「ぼ、僕も!私も友里さんが大好きです!」

ますます愛しさが募ってくる。
本当は無限列車なんて存在しなければ良いのにってずっと思っていた。
でもなるべく鬼滅の人物達との接触は避けて、物語の軸を捻じ曲げないように努めてきた。
対抗できるだけの力を蓄えて。

「ふふ、お昼ご飯、作ってくるね」

「は、はい!」

大好きだよ、千寿郎くん。

「槇寿郎さん、少しいいですか?」

お昼ご飯を食べ終え、千寿郎くんが鍛錬へ行くのを見送った後、槇寿郎さんに声を掛けた。

「……なんだ」

「ずっと思っていた事を伝えようと思いまして」

と、座ってくれた槇寿郎さんの目の前に正座する。

「こんな得体の知れない女を、2年間も置いてくれてありがとうございました」

手のひらを八の字にして畳にペタリと付け深く頭を下げる。
普段から話す事は少ないけれど、ご飯の時しっかりと食べてくれてたまにおかわりしてくれたり、杏寿郎さんと喧嘩のような言い合いをした時に心配そうに見守ってくれたり、千寿郎くんを猫っ可愛がりしてる時に優しい表情を見せてくれたり、私はいつも気付いてましたよ。
鬼殺隊に入るなんて馬鹿だ。と私が隊士になった後に言っていたのは、心配の裏返しなんですよね?知っていますよ。

「槇寿郎さんに認めていただけなければ、こうして私が煉獄家で生活する事も出来ませんでした。私が暮らしてきたこの2年間は掛け替えの無い宝物です。本当にありがとうございました」

「………まるで出て行ってしまうような口振りだな」

「え?いえ……積もり積もった2年の思いを今出し切ったので、また新たに貯めようかと」

確かに私の言い方は、出て行く前提の内容だったな。失敗失敗。
言い訳は上手く伝わっただろうか?杏寿郎さんにはなかなか通用しないから少し焦ってしまう。

「ふん。別に感謝されるような事はしてない」

「ふふ、そうですか」

「…また明日からも美味いメシを頼む」

照れ隠しか、そっぽを向いて言う槇寿郎さんがなんだか可愛く見えてしまう。
今日は任務がある事を伝えてあるから、昼食と一緒に夕食の準備も済ませて、あとは火にかけるだけにしてある事も伝えてあるから、明日からと言ったのだろう。
杏寿郎さんともこうして話してあげればいいのに…。

「はい…」

果たして明日はあるのだろうかと思いつつ、また深く頭を下げて部屋を出た。
自室に戻り必要な物を指差し確認してから風呂敷に薄く詰めていく。

「友里、もう行くのか?」

「あ、杏寿郎さん!はい!早く行った方が被害も少ないと思いまして」

任務へと旅立つ為に玄関で最後にしっかりと荷物の確認をしていたら、起きがけの杏寿郎さんがぼんやりした顔で声を掛けてくれた。可愛い。

「熱心だな!でも無理をしてはいけないぞ!」

「はい!気を付けますね!」

大きな声の杏寿郎さんに釣られて私まで声が大きくなってしまう。
ふと、杏寿郎さんの鳩尾に目が行ってしまい、眉を顰める。今夜、もしかしたらこのお腹に大きな穴が空いてしまう。それだけは絶対に阻止しなければ。左目も、失くしたくない。
この人の全てを守りたい。

「どうした?何か付いているか?」

不思議そうに寝間着の上から鳩尾をさする杏寿郎さんに慌てて首を振る。

「や、何も!…杏寿郎さん、手を、握ってもいいですか?」

そのさすっている手を見て、握って体温を確認しておきたいと思った。

「ん?いいぞ!」

「……っ、……うぇ〜ガサガサ〜」

「男だからな!はっはっはっ!」

ぱっと差し出された右手は私の手よりも二回りも大きくて、私以上にマメが潰れた分厚いゴツゴツした手だった。元からか寝起きだからか、思った以上に暖かい手に思わず泣きそうになってしまった。
家事をやってる私よりも荒れてる。痛くないのかな。
そんな大きな手にたまらない気持ちになって両手でぎゅっと握ると杏寿郎さんを見やる。

「杏寿郎さん、私と約束してください!必ず生きて戻ると!諦めたら絶対に許しません!」

「む?あい、分かった!約束し、必ず戻ろう!だから友里も約束してくれ!」

「ダメです〜!今日は私が約束してるので、杏寿郎さんの約束は次です〜!」

「よもや!それは最終選別の時の返しだな!」

はっはっはっはっ!といつものように笑う杏寿郎さんは、やっぱりいつもの私の大好きな杏寿郎さんで。
もう一度ぎゅっと握ってから手を離した。

「では、一足先に行ってきますね」

「ああ!気を付けて行ってきなさい!」

パタパタと慌てて走って来た千寿郎くんの切り火を受けて、ちょっと遠めから見ていた槇寿郎さんにも見えるように大きく手を振って東の方角へ向かって行った。





ーーー……