「煉獄さん、落ち着いてください!友里さんは怯えています!」
炭治郎くんだ。ああ、そうか。
彼が匂いを辿って追ってきたんだ。
村に1軒しか無い宿屋に行けば私と鉢合わせるだろう。
ただゆっくりとお蕎麦を啜ってた私の方が遅く宿屋に着いただけだ。
「退くんだ竈門少年。これは夫婦の問題だ」
「いいえ退きません!煉獄さんは凄く怒っています!その怒りが友里さんを怯えさせているので!これじゃあ友里さんの身体に障ります!」
「そうだな、俺は今迄に無く怒っている。だが友里はそれだけの事をした!」
「お腹に障ります!今はまだとてもとても小さいですが!友里さんのお腹にいる赤ちゃんに影響が出てしまいます!!」
「「!!!」」
ああ、なんて事だ……妊娠してるの、私。
「昨日会った時の友里さんは、友里さんと煉獄さんの匂いの他に懐かしい匂いがするなぁって思ったのですが、すぐ気付きました!これは妹や弟が母さんの腹の中にいる時の匂いと一緒だって!」
「よもや……よもやよもや………」
ここに、いるの?赤ちゃんが。
へその下辺りに手を当てて見てみても、まだ何も形を変えていない普段通りの自分のお腹。
だからここ最近、微熱が続いたりして体調が悪かったのか。
「大丈夫ですか?ゆっくり息をして、気持ちを着かせてください」
炭治郎くんがくるりと私の方へ向きを変えて、しゃがんで背を撫でてくれる。
いつの間にかはらはらと流れる涙に余計に心配が膨れたのか、焦ったように呼吸を整えるよう助言してくれた。
「友里……」
切なげな声で私を呼び、ふらりふらりと近寄ってきた杏寿郎さんは炭治郎くんも一緒に、優しく抱き締めてきた。まるで壊れ物を扱うかのように優しく優しく。
「帰ろう。帰ってうまい物を食べて精を付けよう。腹の子の為に」
「…っ……、はい……」
お腹をさすっていた私の手に杏寿郎さんの大きな手が重なり、私は泣きながらすんなりと杏寿郎さんの言ったことに頷く。
もう逃げる逃げないの問題では無い。小さな命が宿っているこの身体で長旅をしながら炭治郎くんと杏寿郎さんから逃げ惑い、道中の鬼まで気にしなくてはならないというのは無謀すぎる。
私よりもこの小さな命を守り切れる自信が無い。
「良かった…友里さん……。……っ!」
「っ!友里、静かに窓の方へ……」
鬼だ。鬼の気配がする。数は……2体!
ドォンっという轟音がしたと思ったら、ここの宿屋が大きく揺れた。
1階に押し入って来たのかもしれない。
「ぎゃああぁぁ!!」
「女将さん!」
1階で女の人の悲鳴が聞こえた。
「違ェ、違ェ!婆ァじゃねぇ!若い女の匂いがする!栄養価が高ェ女の匂いがするぅ!!」
「俺が喰う!俺が喰うぅぅう!!」
やはり鬼は2体。女将さんを襲っているかもしれない。
傍に置いてある日輪刀を手に取り、包んであった羽織を自分の肩に掛ける。
「友里、隠れていろ!絶対に鬼の前に出てはいけない!」
杏寿郎さんも鬼の会話を聞き、狙いが私だと気付いたのか自身の真っ白でいて燃えるような羽織に私を包み、そう念を押してきた。
だが私はこれでも鬼殺隊の端くれだから女将さんを救う事で頭がいっぱいだった。
「煉獄さん!俺が行きます!十二鬼月ではないので!」
「俺は友里と共に外に出る!頼むぞ、竈門少年!」
2人がそう言い合うと、炭治郎くんは階段の方へ駆けて行き、杏寿郎さんは私を抱えて部屋の窓から外へ飛び出した。
地面に着地する際、ぐっと力を込めて杏寿郎さんに抱き寄せられて胸が高鳴った。
「うぅ……」
外から宿屋の出入り口の方を見ると、女将さんが血を流してうつ伏せで倒れていた。助けなければ。
「っっ!!友里っ!!!」
咄嗟に杏寿郎さんの腕から抜け出し、女将さんの元へと向かう。
女将さんの着物を掴み上体を起こそうと力を入れた時、激痛と共に身体が吹き飛んだ。
「うぐっ……!」
1階の奥の部屋の柱に背を強かにぶつけ、呼吸が止まる。
握りしめた着物を離さずに女将さんも一緒に飛ばされてたが、ぶつかる瞬間に抱き寄せたので女将さんには強い衝撃はいってないようだ。
「見つけたァ!若い女!」
「貴様ァァア!!!」
鬼が私を見つけ喜んでいるが、その後ろでは杏寿郎さんが烈火の如く怒り狂っている。
同じ人間だけど、怖い。怖すぎる。
すると女将さんが身じろぎ、私の顔を見て微笑んだ。
「あり、がとう…ありがとう……」
「女将さん、大丈夫……絶対助けるから……!」
私もうまく身体が動かせないが、女将さんを抱き寄せ安心させるように呟く。
「寝たきりだった旦那が、死んでしまった……私も一緒に逝かせておくれ……」
「そんなっ!」
「旦那は私の全てなの……。あの男性は貴女の旦那さん?」
日輪刀で鬼の頸を飛ばした瞬間の杏寿郎さんを2人で見やる。
旦那だと断言できずに困っていると、女将さんは涙をぼたぼたと零しながら微笑んだ。
「私は子を授かれない身体だったけど、旦那はそれでも私が良いと言ってくれた……」
だから死ぬ時も旦那と一緒が良いと目を瞑ってしまった。
「嫌だ!救えるかもしれない命は救うの!私!」
気絶してしまった女将さんには届かなかったが、簡易的に止血を施し女将さんに声をかけ続けていると、もう1体の鬼を倒したのか慌てて駆けつけた炭治郎くんが私の腕の中から女将さんを畳に横たわらせた。
「だ、駄目です!友里さん!興奮してはいけません!ゆ、ゆっくり呼吸を……全集中してください!」
焦ったような炭治郎くんは悲痛そうに眉を歪めて、目の前まで来ていた杏寿郎さんは呆然と立ったまま私が座り込んでいる足元を見ていた。
私も視線を下げると座っているところに血溜まりが出来ている。
「え……?」
見てしまった為か急激にお腹に痛みが走り、ドクンドクンとお腹が心臓になったかのように脈打つ。
さっき鬼にお腹を蹴られて吹き飛ばされたんだ。
「待って…赤ちゃんが……まって…」
はぁはぁと焦りで呼吸が乱れて、落ち着かなきゃと思うのに身体中が震えて全集中の呼吸が出来ない。
お腹を押さえつつ頭の中では、逝かないで逝かないでとそればかりが巡って他には何も考えられない。
「友里さん!気を確かに持って!」
「友里!友里ッ!!」
慌てて抱き寄せてきた杏寿郎さんも必死に呼び掛ける炭治郎くんも気にかける事なく泣き叫び、やめて!逝かないで!ごめんなさい!と酸素が足りなくなって気を失うまで叫び続けた。
ーーー……