「轢かれるっ!!」
ガバッと起き上がり、汗で濡れた額と身体が気持ち悪く感じる。
「えっ、轢かれて……ない?……てかどこ?」
落ち着いて辺りを見回すと日本家屋なような部屋の真ん中に敷かれた布団の上で寝ていたようだ。
「失礼する!」
「!!」
襖の向こうから男の人の声が聞こえビクッと肩を上下していると、スッと襖を開けて入ってきた人物に声が出ないほど驚いた。
「大きな声が聞こえたので目覚めたのだと思って失礼させてもらった!気分はどうだろうか!君はすぐ近くの通りに倒れていて、起きなかったので連れ帰った次第だ!」
布団の上に座っていた私の横に正座をするように座ったこの人は…。輝く黄色と赤が混ざった髪、太い黒い眉、猫の様な大きな目、間違いなく私が推して止まない煉獄杏寿郎そのものだ。
「すまない、男の俺に連れ帰られたと知って不安だとは思うが疚しい気持ちも君をどうこうしようという気持ちも無い!安心するといい!」
「……っ…」
ダメだ、耐えられない。
涙が溢れて咄嗟に目を覆い、止めどなく溢れる涙を力任せに拭っていく。
煉獄さんが女性に対してそんなふしだらな行為をする訳が無い。そんなことよりも推しが目の前で喋っていて、私に話しかけているこの事実に脳が追いついていかない上に嬉しさが爆発してしまった。
「こ、怖がらせてしまったか、いや、俺は人助けをと思って…」
「うぅ……違うんです、嬉しくて、ぅっ……ありがとう、ございます……」
アラサーにも関わらず声を抑え切れないほど泣いてしまった。恥ずかしい、穴があったら入りたい。
まだ嬉しさと緊張が混じり合い煉獄さんの顔を直視できないが、はたと気づく。
見た目や喋り方で煉獄さんだと思ってしまっているが、私の知ってる煉獄さんは漫画の中の人物であり、まだアニメにもなってないので声すらも分からない。いや、凄いイケボだけども。
「そんなに強く拭うと腫れてしまうぞ!はっ!まだ名乗っていなかったな!俺は煉獄杏寿郎という!名を聞いても?」
ピシャーーンッ!!!
私の後ろで雷が落ちた。ほ……本当にあの煉獄杏寿郎だ……いや、でも……コスプレの可能性だって……。
漫画の中の人物に会うはずがない。作り物の世界だ。もしかしたら都合の良い夢を見ているのかもしれない。
もしコスプレだったとしても物凄い完成度だし、都合の良い夢だったとしたら思いっきりエンジョイしてしまえばいいじゃないか!と前向きにいこう。
「私は、飯田友里といいます。あの、助けていただいてありがとうございました」
「うむ!友里、良い名だ!」
ゆ、夢だとしてもこれは心臓が持たないかもしれない……。
ちょこちょこ読んでいた転生ものに良くある、トラックに轢かれそうになったり通り魔に刺されそうになった途端違う世界に転生してしまうという貴重体験をし、大好きな鬼滅の世界で大好きな煉獄さんが目の前に居る。
どうかこの夢が少しでも長く続きますように……と心の中で手を合わせた。
それから住んでるところを聞かれて住所を答えたが、そんな所は知らないと一刀両断されてしまった。そうでしょうねぇ!だって漫画の世界(仮)ですもの!
そして驚くことに煉獄さんは今現在18歳だという。私の年齢を言うと、どう見ても俺より下か同じくらいに見えるが……?と言っていた。ちょっとやだ、煉獄さんってお世辞が言えるんだ。
原作の柱合会議の時より2年前だとすると、今ならまだ炭治郎のところに行けば間に合うかな?でも私が行ってところで死体が1つ増えるだけだろうし……。煉獄さんなら……!いや、ダメだ、きっと柱1人じゃ太刀打ちできない。
「友里?どうかしたのか?」
ぐるぐると考え込んでいると心配そうに覗き込んできた煉獄さんと目が合う。
「や!何も!ちょっと考え事をっ!」
「そうか!兎も角、帰る家の場所が俺には分からん!胡蝶にでも聞いてみるか!」
「は、はぁ……」
鬼滅の世界観を知らない人からすると、胡蝶とやらは誰ぞ?となるようなことも平気で大声で言ってのける煉獄さんに少し呆れる。でもそこが可愛い!
たいして怪我もなく寝こけてただけだったのですくりと立ち上がり、行きましょうかと声を掛けた。
「む!そういえば不思議な服を来ているが、西洋の物なのか?」
「え?あ、この事務服のことですね。そうです、仕事をする時に着る服なんです」
「その……足の露出が、多いと思うのだが……」
どうも歯切れの悪い言い方だなと思ったが、そうか、ここは大正時代だから女の子の服は良くて肘から手までの露出くらいしか常識の範囲ではないんだっけ。
でもカナヲちゃんとか女の子の隊服でスカートもあったけどなぁと思い自分の足を見てみると、今着ている事務服のスカートは膝の少し上くらいで靴下ではなくストッキングを履いている。なるほど、肌色の多さで露出度合いが変わるのか。
「あーと、何か使っていない布切れとかお借りしても良いですか?」
「布切れ……少し待ちなさい!」
きっと煉獄家には女物の着物や浴衣は置いていないだろう。あったとしてもそれは瑠火さんの物だ。そんな大切な物をお借りする訳にはいかない。
だったら布切れを巻きスカートの様に腰に巻いてお手軽に隠した方が早く話が進む。
似合わないだろうから事務服の千鳥柄の様なベストは脱いで七分袖のシャツだけになる。
「これはどうだろうか」
「あ、ありがとうございます!こんなに綺麗な布じゃなくても良かったのに……」
煉獄さんが持ってきてくれたのは白地に赤と黄の円がところどころ描かれている綺麗に畳まれた反物だった。
言うまでもなくこれは瑠火さんの物だろう。
どちらにしろだったか……と申し訳なく思いながらも反物を広げて腰からくるぶしくらいの長さになる様に畳み、腰に巻き付けて元々履いていたスカートに挟み込む。
「よし!これならどうでしょう?」
「うむ!似合っているぞ!」
このっ天然たらし!
ーーー……