04


「大丈夫ですかー?!聞こえますかー?!」

「慎重に担架へ!受け入れ先の病院は?!」

「まだ見付かりません!」

薄っすらと見える風景は救急救命士達がバタバタと何かを用意している様子だ。
どうやら私に言っている様で、私の頭を押さえてずっと語りかけてくれている人と、バタバタと忙しなく動いている人。姿は見えないが声がもう1つ聞こえる。
あ、やっぱり私は轢かれたのね。
身体はどこも動かず瞬きすら出来ないのか、ずっと真上しか見えないし薄っすらと霞んだ視界が広がっている。聴覚も救命士達の声と電子音が朧気に聞こえる程度だ。でも不思議と痛みは無い。

「頑張ってください!もうすぐ病院ですよ!」

「止血を!肺にも血が溜まっています!」

「輸血の準備を…………」

ずっと薄ら寒かったが急激に冷えたと思ったら、目蓋を閉じた感覚が無いのに視界は真っ暗に、まるでフェードアウトするかのように耳が聞こえなくなった。
あぁ……私は死ぬんだ。

「っ!……はぁ……はぁ………」

死んだ。私は死んだ。死んでここに、鬼滅の世界に来たんだ。
悪夢を見た後かの様に飛び上がって眠りから覚め、漠然と思った事だがスッと受け入れられた。
トラックに轢かれた事はしょうがない、だけど鬼滅の世界に来た事は謎でしかない。

「……うっ…、うぅ……」

自分が悲劇のヒロインだとは思わない。ただ運が悪かっただけ。年間何千人と事故で死んでいるその内の1人だ。仕方がないけど涙が溢れる。
現世で死んだという現実を、夢だと思っていた世界で知るってどんな状況よ。神様の悪戯にしては趣味が悪すぎる。
けどきっと何か意味があってこの世界に来たのではないのだろうか。大好きな漫画の世界で大好きな人が目の前に居て、何故か肉体だけは若返っている。
私も戦えってこと?好きなものは自分で救えって言いたいの?ねぇ、神様。

「……やってやろうじゃんか」

昨夜貰った真新しい寝間着の袖でぐいと両目を拭い、神様に対して八つ当たりするかのようにそう言い放った。





ーーー……





あれから眠れず朝を迎え、運良く非番だった煉獄さんに私を鍛えてほしい、煉獄さんと胡蝶さんの属する組織に入りたいと強く伝えた。
最初は帰る場所を探さなくて良いのか、鬼殺隊という機関は危険すぎると言われて止められていたが、顔を合わす度に鬼殺隊に入りたいと伝え続けた所、ようやく首を縦に振ってくれた。

それからは早かった。
毎日鍛錬に励み、体力を作り、刀の振り方を覚え、炎の呼吸も教わった。幸運にも肉体が若返っていたのとハングリー精神から来る努力の結晶で鬼殺に必要な全集中の呼吸は半年ほどで使えるようになった。
だが残念と言うべきか炎の呼吸とは相性が悪かったのか、壱ノ型と弐ノ型しか会得できずにいたが、全集中・常中は修得出来た為めきめきと実力を備えていった。
そして鍛え始めて一年と少し。最終選別へ行く事の許可が降りた。

「杏寿郎さーん!今日はさつまいものお味噌汁で良いですかー?」

「わっしょい!」

「了解でーす」

今となっては慣れた手つきで大正時代の台所で夜ご飯の支度をする。
今は初夏だが去年の秋に大量に干して保存食にしておいたさつまいもを手に取り調理していく。
向こうの世界では殆どコンビニやスーパーの惣菜飯だったが、住めば都で覚えてしまえば楽勝楽勝。若返ってつるんとしていた手は鍛錬や家事でボロボロカサカサだが、好きな人のお世話や守る力を付ける為と思えば今日も綺麗!といつもの自画自賛。
煉獄さんの事は槇寿郎さんや千寿郎くんの事もあり、杏寿郎さんと呼ぶようになった。

「ご飯ですよー!」

海苔の佃煮……食べたいなぁ。今度作ろう。
明日は待ちに待った最終選別だ。少しでも豪華にしようとメインは鰻の白焼き、小鉢は3つに増やし、さつまいもの味噌汁のついでにさつまいもご飯も作った。
私の気合い入れに鰻の散財とさつまいもの消費量の多さには目を瞑ってほしい。

「うまい!わっしょい!」

「いつもと変わらずとっても美味しいです!」

「……ん」

槇寿郎さんが珍しくご飯のおかわりを催促してきた。ただただ嬉しい。
煉獄家での関係も良好に進んでいた。
杏寿郎さんのことは師と憧れ時に友人のように、千寿郎くんとは可愛い可愛い弟として。
槇寿郎さんは最初こそ無関心だったが、千寿郎くんが寝静まり杏寿郎さんが任務で居ない夜、私が一人鍛錬に励んで休憩していると話し相手になってくれるほどの仲に。会話は少ないが。

「友里、明日は最終選別だ。時が来るまで休息にしよう」

「はい!」

「友里さん、僕も応援しています!」

「ふふ、ありがとう千寿郎くん!頑張るね!」

槇寿郎さんは何も言わないが、静かにこちらを見ていたが不機嫌そうにふいと顔を背けて自室へと向かっていってしまった。私が鬼殺隊に入るのを良く思ってないのかもしれない。
にしても圧巻だ。大好きな顔面が、少年と青年と初老の3パターンで毎日拝めるなんて。幸せ……。

「ふぃ〜〜良い湯だった〜」

煉獄家全員が入った後、最後にゆっくりと湯に浸かり出て少し経った今もポカポカと身体は暖かい。
縁側に座って明るい月を見ていると後ろから歩いてくる音が聞こえた。

「冷えてしまうぞ」

「杏寿郎さん!」

顔を覗かせたのは私と今日は非番だったため夜着に身を包む杏寿郎さんだった。
ふわりと隣に腰掛けた杏寿郎さんは、薄着だから余計と身体の逞しさが分かる。太い手足と厚い胸板。しっかりと使う筋肉だからボディビルダーよりも良い身体をしていると思う。うん。

「明日、旅立つ前に友里に刀を渡そう。手入れは済ませてある」

「わぁ!ありがとうございます!杏寿郎さんの刀ならどんな鬼も一瞬でやっつけれちゃいますね」

今はもう使っていない日輪刀だろうか。
鬼にはまだ出会った事はないが、漫画で見た感じは気持ち悪いが一番合ってるかな。
特に手鬼には会わないように。あの時の無力な私では炭治郎を助けに行けなかったから、炭治郎の成長のために対峙は避けなければ。それに私も殺されてしまうかもしれないという事を頭に入れておかないと。

「友里、油断する事なく絶対に生きて戻りなさい。死ぬ事は許さない」

月を見たままそう言う杏寿郎さんは真剣な顔をして言った。
私も表情を引き締めて頷く。

「はい。教わった事を最大限に力に変えて生き抜きます」

もっと強くなるために。貴方を支え、守れるだけの力を付ける第一歩として。
正直、あの死ぬ感覚は二度と味わいたくないし、杏寿郎さんにも味合わせたくない。
例え瑠火さんが待っていたとしても、私は杏寿郎さんを逝かせたくない。
決意を胸にぐっと両手を握り込み自分の手を見つめているとふと影が掛かった。
と同時に暖かいものに包まれる。

「絶対に帰ってきなさい。……俺の元へ」

「杏寿郎さん……、はい!必ず!」

杏寿郎さんに抱き締められ、私が抱き返し答えると更に力を込められた。
あったかい……。煉獄杏寿郎という男に拾われて本当に良かった。
どうか、鬼殺隊になった折には貴方を守らせてください。

……って、こんなこと柱に対して失礼すぎるし烏滸がましいけれど。





ーーー……