015
(珍しい組み合わせだな/柳・幸村・手塚)
「国光くんは元気、元気じゃない、元気、元気じゃない・・・」
ゆめみはプチシューを一個、また一個と真剣に積み重ねていた。
その目の前でゆめこはチョコレートケーキを頬張りながらゆめみの作るプチシュータワーを面白そうに眺めていた。
そして6個積み重ねたところで、ポロリと崩れる。
「どうしよう、ゆめこ、国光くん元気じゃないって」
「国光くん誰だっけ?」
「えー、東京で助けてくれた人だよ」
「あのムッツリヒーローさんね」
ゆめこはゆめみがゴールデンウィークに高校生に絡まれていたところを手塚に助けてもらったという一件を思い出しながら、崩れたプチシューを頬張った。
6月中旬、世間は平日真っ只中。
学生やサラリーマンがあくせく勉学や仕事に励む中、昼間からゆめみとゆめこは横浜のスイーツビュッフェに来ていた。
今日は立海の創立記念日で、学校が休みなのだ。
ムッツリの意味を理解していないゆめみは、「そうそう、ムッシュヒーローさん」と同意した。
「あれ?でも結局試合に出ないのは怪我が原因じゃなかったんでしょ?」
「パパはそう言ってるんだけどね」
「なら心配ないない、ゆめみパパは名医だから、大丈夫だよ」
ゆめこはへらっと笑ってゆめみを励ました。
最初は暗い顔をしていたゆめみも、つられて笑う。
ゆめこは太陽みたいだなぁ、とゆめみは思った。
地区予選の『国光くんが自分を助けた時の怪我のせいで試合に出れなかったのかも』事件は、その日の内に手塚の担当医でもあるゆめみの父親からの証言で否定されていた。
それでもゆめみは時々手塚を思い出しては元気かな、と思ってしまうのだった。
「ねえねえ、ところでその国光くんってイケメンなの?お金持ち??」
「どーかなぁ、イケメンって言うより綺麗な人って感じだったかな」
「ふーん」
にやにやするゆめこに、ゆめみは少し気恥ずかしさを感じる。
「別に好きとかじゃないよ?」と言ってみるが、なんか言い訳みたいになってしまった。とその時。
「ゆめのさんじゃねぇか!偶然だろい!」
ゆめこが肩を軽く叩かれて横を見ると、丸井がとても良い笑顔をしてそこにいた。
後ろからジャッカルが「おいブン太、店員さんが案内するまで待てよ」と追いかけてくる。
「いいだろい?ここしか空いてないんだし」
丸井は店員を呼んで許可をもらうと、ゆめこの隣に座った。
店内はそれなりに混んでいて、空いている2人席はたまたまゆめこ達の隣だけだった。
グイグイくる丸井に、ゆめみは目をパチクリさせる。
「えっと・・・」
「ゆめみ紹介するね、何回か会ってると思うけど、隣のクラスの丸井くんそれからクラスメイトのジャッカルくんだよ」
「ゆめだゆめみだよ、よろしくね」
ゆめみの挨拶に、丸井とジャッカルもよろしくと返した。
ゆめこのクラスによく遊びに行っていたゆめみは丸井とジャッカルに何度か顔を合わせたことがあったが、こうして話すのは初めてだった。
ジャッカルが「ここいいか?」と遠慮がちにゆめみの隣に座った。
丸井とジャッカルが下ろしたテニスバッグを見て、ゆめみは「2人もテニス部なんだね」と目を輝かせる。
何度か応援に行っているゆめみだったが、人数が多すぎるためテニス部だと言う認識は無かったようだ。
どうやら今日は近くの横浜テニスクラブで他校との交流試合があったらしい。
午前中で終わったため、丸井達はこの店に立ち寄ったのだ。
「あー、腹減った!早く食おうぜい」
お皿に山盛りスイーツを乗せて来た丸井に、ゆめことゆめみは顔を輝かせる。
ゆめこもゆめみもスイーツは大好きなので、美味しそうにケーキを食べる丸井に好感を持った。
「神奈川第3小学校ってすぐ隣の地区だね、ご近所さんだったんだ」
「ケーキの材料買いに佐藤商店(製菓材料店)によく行くぜ、あの辺だろい?2小って」
「え!?すごーい、私の家のすぐ近くだよ」
「なぁなぁ、ゆめのさんの家はどの辺?ゆめださんの家から近いのか?」
「走って10秒くらいかな、歩いたら5分かかるけど」
「どんだけ足速いんだよ」
「あはは、息ピッタリだね!」
ゆめこのボケにジャッカルが突っ込んで、そのタイミングの良さにゆめみは感心して笑った。
ゆめみとゆめこが神奈川第2小学校出身、丸井とジャッカルが神奈川第3小学校出身と家が近いという共通点を見つけた4人はローカルネタですぐに打ち解けた。
「ねぇねぇ、そのストラップ神奈川スター乗馬クラブのだよね?乗馬するの?」
「ああ!知ってるのか?」
「うん、パパが大好きなの!私も1回乗せてもらったことあるよ」
最初は4人で話していたが、時間が経つと共にゆめこと丸井、ゆめみとジャッカルという風に話題が分かれていった。
ゆめみとジャッカルが意気投合していて、ゆめこと丸井はお互いにアイコンタクトをして意外そうな顔をする。
「あ、私飲み物持ってくる!ゆめこはまたアイスティーでいい?」
「うん、お願い」
ゆめみがパタパタと飲み物を取りに行った隙に、ゆめこと丸井はジャッカルをにやにやと見つめた。
見つめられたジャッカルは飲んでいたコーラを噴き出しそうになる。
「なんだよ」
「ジャッカルくん、ゆめみに惚れないように気をつけてねー」
「もう手遅れかもなぁ?ジャッカル」
「そ、そんなんじゃねーよ」
本当に意識していなかったジャッカルだったが、逆に冷やかされて意識してしまう。
「つーか、2人って彼氏とかいないの?」丸井が話の流れを読んで何気なしに聞くと、ゆめこは普通に「いないよ」と答えた。
丸井は、見えない角度で小さくガッツポーズをした。
「あ、でもゆめみは好きな人が出来たかも知れないんだけどねー」
「ふーん、ドンマイジャッカル」
「だからなんでだよ!?」
恋心に気付く前に失恋させられた形になったジャッカルは納得できずに突っ込みをいれる。
そんな中、ゆめみがアイスティーとココアと山盛りのベビーカステラを持って戻ってきた。
席を立った時と少し雰囲気が変わっていてゆめみは首を傾げる。
「どうかしたー?」
「少し恋バナをな」
「きゃあ」
恋バナと聞いたゆめみは喜んで座り直して、前屈みになる。
そして、目の前のスイーツを綺麗に並べ直した。「可愛いカフェで恋バナするの、憧れてたんだー」とニコニコと笑う。
「お、乗ってきたな、次はゆめださんの番だぜ、気になってるヤツいるんだろい?」
「私?うーん、気になってる人かぁ・・・もう一度会ってお礼を言いたい人ならいるよ」
「好きなのか?」
「好きじゃないよ、これが恋だなんて言ったらジョシュア様に怒られちゃう」
「「ジョシュア様?」」
ジャッカルの確認にゆめみは首を振った。ゆめみの口から出た聞きなれない名前に丸井とジャッカルの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
1人理解しているゆめこだけは「また始まった」と面白そうにゆめみを見ていた。
ゆめみは「そう!ジョシュア様」とキラキラした瞳で鞄から『ヴァンパイア・プリンス』という本を出して来た。
「ヴァンプリのジョシュア様だよ、知ってるでしょ?ジョシュア様がピンチになると、ヒロインのリリアは自分の血を差し出すんだよ、それが愛で恋なのです」
『ヴァンパイア・プリンス』今大人気のファンタジー小説だったなと丸井はぼんやりと思い出す。
流行りの音楽や小説に敏感な丸井はチェックはしていたが、まだ時間が無くて読めていなかった。
流行りに疎いジャッカルは「読んだことねぇな」と普通に答えた。キラン、とゆめみの目が光る。
「すごく素敵なの、恋愛小説じゃないから男の子にも人気なんだよ、貸してあげるね」
「え」
「気にしなくて大丈夫だよ、この文庫本版は持ち歩く用で家にゆめの先生サイン入りのハードカバー版があるから」
「お、おう」
特に興味のなかったジャッカルだったが、ゆめみの勢いに押されて本を受け取る。
布教活動を終えたゆめみは良いことしちゃったな、と満足気な表情を浮かべた。
ヴァンパイアプリンスは大人気作家であるゆめこの父親の作品なのだ。
ゆめこは身内の話に少しむず痒さを感じた。
そこから流行りの本や映画等の話で盛り上がり、今度はホテルのケーキバイキングでも行こうか、なんて話が出るくらいに仲良くなった4人は満腹感に満たされながら、お店を後にした。
ぶらぶらと横浜駅に続く歩道を歩いていると、前方に見覚えのあるおかっぱ頭が見えて来た。
「あ、蓮二」
ゆめみが手を振っているのに気付いた柳は、手を振り返す。
柳は幸村、真田とバス停でバスを待っていた。丸井とジャッカルは私服に着替えていたが、3人はまだ芥子色ジャージのままだった。
「珍しい組み合わせだな」
柳は丸井とジャッカルを見て興味深そうにそう言った。
「偶然会ってお友達になっちゃった」と笑うゆめみ。ゆめみたち4人はバスを待つために幸村達の後ろに並んだ。
「蓮二たちは今までずっと練習してたの?」
「練習と言えば聞こえはいいな」
「フフ、真田の趣味に付き合わされてたと言った方が正しいかな」
「うむ!非常に有意義な時間だった!」
心なしか疲れている柳と幸村。
その一方で真田は1人ご満悦気味だった。
話を聞くと、海辺をランニングしていたらしい。真田の掛け声付きで。
「うへぇ、さっさと帰って正解だったぜ」
「だな」
丸井とジャッカルが小さい声で呟いた。
それに気付いた幸村は苦笑いをする。
しかし一方でゆめみはキラキラした表情に変わった。
「うわぁ、なんか青春って感じだね、海辺のランニング素敵だなぁ」
真田に同調するゆめみに、『素直なところが似ている』いつか柳が言った言葉を思い出し、幸村は小さく笑った。
それだけで疲労感のようなものが吹っ飛んだ気がした。
その時、ゆめこはゆめみに微笑みかけている幸村をじっと見ていた。
その異変に気がついた丸井は「ゆめのさん?」とゆめこの顔の前で手をひらひらさせる。
「ジョシュア」
小さい声だったが、はっきりとゆめこはそう口にした。
「ジョシュア?」またヴァンプリの話かよ、と丸井は疑問に思う。
「ちょっと丸井くん、あの人誰?」
「あー?幸村くんのこと?」
幸村。ゆめこはその名前に聞き覚えがあった。
ジャッカルから聞いていた、1年生レギュラーの1人だ。
ゆめこはその容姿がジョシュアそっくりなことに驚いていた。
日本で発売されている本にはないが、英国版の最後のページにはジョシュアの挿絵が入っている。
その挿絵に彼がそっくりなのだ。
青みがかった髪、整った顔、それから雰囲気までも。
ゆめみの好みそのものだとゆめこは思った。ゆめこは思わず前を向いていた柳に耳打ちする。
「蓮二、あれってさ」
「ああ、小学生の頃から気付いていた、ゆめみはなぜかそう思っていないようだが」
「まじか」
柳はゆめこの言いたいことを既に知っていた。
あー、だからクラス分けの時に冴えない顔をしていたのか、とゆめこは2ヶ月越しに柳の憂鬱を理解した。
「強敵現るじゃん」
「まだ決まったわけではない」
とヒソヒソ話をするゆめこと柳に、ゆめこと柳の関係を知らない丸井は露骨にイライラした顔をする。
丸井がゆめこの気を引こうと前に出た瞬間、バスのロータリーに一台の外車が入ってきた。他に車が無かったこともあって、全員の視線が車に集中する。バタン、と後部座席のドアが開いて、1人の女性が降りてきた。とても美しいその女性は、ゆめみ達を見ると、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
その時、全員がその女性が誰なのかすぐに理解した。ゆめみそっくりだったのだ。「ママ?」と呟いたゆめみの声に予想は確信に変わる。
「ゆめこちゃん、蓮二くん、久しぶりね」
ゆめみの母親は真っ先にゆめこと柳のところに駆け寄った。その嬉しそうな表情からゆめみの母親がゆめこと柳を本当の子供のように可愛がっていることが伺える。「「ゆめみママ」」ゆめこと柳の声が被った。3人の家族は頻繁に交流があるため、久しぶりと言いつつも実際には1週間ぶりくらいなのだが。ゆめみの母親は他のメンバーに目を向けながら「ゆめみと仲良くしてくれてありがとう、ゆめみの母です」と微笑んだ。
「ママ、夕方から夜勤の予定じゃ無かった?」
「それが突然お休みになってね、こんな機会は滅多にないから愛する娘とご飯でも食べに行こうと思って、蓮二くんにゆめみがここにいるって聞いたのよ」
止まってる車に目を移すと、運転席からゆめみの父親が会釈していた。「急過ぎるよ」と言いつつも、少し嬉しそうなゆめみ。ゆめこと柳は「良かったね」と2人揃ってゆめみの背中を押した。
ゆめみを乗せた車は東京方面へと向かっていった。
窓の外を見ながら「どこに行くの?」と聞くと「目黒にあるレストランよ」と言う回答が返ってきた。東京だ、と思うと同時に手塚の顔が浮かぶ。「ドレスコードがあるレストランだから早めに着替えてね」と母親からワンピースを渡される。ゆめみは用意された服に着替えながら、まさかねと思った。
それから30分後。東京。
学ランを着た中学1年生の3人組が公園の横を歩いていた。3人とも肩にはラケットバッグがかけてある。ラケットバッグに付いたタグには大石、不二、そして手塚と書いてあった。
「今年も都大会止まりかなぁ」
3人の内、丸刈り頭の少年大石が残念そうに呟いた。その声に同調するかのように、茶色い髪の少年不二が「地区予選さえ、やっとの優勝だったからね」と呟く。そして思い付いたように、少し前を無言で歩く少年に「手塚くんが出れば関東出場は確実なのにね」と声をかけた。
手塚くんと呼ばれた少年、手塚国光が振り返る。彼は何も言わなかった。無言で公園の向こう側に見える青春台総合病院を見ていた。
あの泣きそうで泣かなかった少女は元気だろうか、そんなことが頭を過る。
ゴールデンウィークのあの日から。住宅街や架線下のテニスコート、そして病院の近くを通る度に手塚は少女のことを思い出した。もう二度と会うことの無いだろう少女のことを。
反応の無い手塚に、大石が「仕方ないさ、1年生は夏まで試合には出れないんだから」とフォローを入れた。
とその時だった。キキー、と急に車が止まる音がして、手塚たちが歩く進行方向に一台の外車が止まった。
後部座席から、1人の少女が降りる。辺りはもう夕暮れ時なのに、その少女にだけ光が集まっているかのように白い、と不二は思った。
「国光くん」
その少女は手塚の名前を呼んだ。その呼び名に大石と不二は少しぎょっとする。手塚からの返答は無い。少女は慌てて飛び出してきたためか、その後の言葉を考えていなかったようだ。少し目線が宙を泳いで、その後もう一度手塚を見つめた。
「えっと、元気かな?」
不二は手塚は今どんな顔をしているだろうか、と本気で気になった。同じ方向を向いてあるため、その表情は見えない。少しの沈黙が流れる。また手塚は返事をしない気だろうか?そう思った時、空気が僅かに振動した。
「元気だ」
だった一言。それだけだったのに。少女の真剣な表情は安堵に変わった。泣きそうな笑顔だと不二は思った。車から女性の呼ぶ声が聞こえて、少女は慌てて車に戻って行く。
バタン、とドアが閉まって、車はそのまま発進した。
一体、何だったのだろう、彼女は一体何者なのか。
「手塚くん、今の女の子は?」
不二の疑問を大石が代弁したが、手塚は「何でもないさ」と一言。でもそう言った手塚の表情は笑ってはいなかったが、どこか柔らかな印象で。不二は更に少女に対して興味が湧くのだった。
(180329/小牧)
謎の少女はゆめみです。
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