春を抱いた息吹

私は昔から面倒見が良いと言われてきた。私には妹や弟が何人もいたから、年下の子の面倒を見るのは自分にとっては当たり前の事だったのでよく分からないけど、私は面倒見が良い、らしい。

「伊之助君、ほっぺたにご飯粒ついてるよ」
「もったいねぇ!食べる!」
「あぁ、私の指ごと食べちゃ駄目だよ」

そう注意しても、ぺろり、と私の指を舐める伊之助君。他の人に伊之助の汚い食べ方は直らないから構うだけ無駄だと言われながらも世話を焼いてしまうところが、私が面倒見が良いって言われるところなんだと思う。

「ちょっとー目の前でいちゃつかないでくれますか?朝から胸やけしそうなんだけど」
「?善逸君、体調悪いの?私よく効くお薬持ってるけど飲む?」
「そういう事じゃない!」

机を叩いて抗議する善逸君。ふふ、駄々をこねている時の弟みたい。思わず顔が綻んでしまう。

「名前は今日は任務に行けるのか?」
「ううん。この前運動しすぎたから、しのぶさんからも暫く安静にしてなさいって言われちゃったから…」

私はみんなとは中々任務に行けない。最終選別を生き残ったものの、私は昔から体が弱く本当は室内で安静にしなくてはいけないから。偶に他の人と一緒に任務に行く事もあるけど、みんなと比べたらずっと少ない。それでも、そんな私を鬼殺隊の隊士として迎え入れてくれたお館様には頭が上がらない。

「そうか…。じゃあ名前は俺達の土産話を楽しみに待っててくれ!」
「炭治郎君ありがとう、応援してるね」

炭治郎君や善逸君や伊之助君は、あまり外に出れない私をよく気遣ってくれる。歳も入隊時期も近いからだと思うけど、それでも人と接する機会も少ない私からしたらとてもありがたい事だ。私は人に面倒を見られてる方なんじゃないかな、と度々思う。

「ちょっと名前ちゃん!俺も今日任務頑張るから!俺も応援して!」
「うん。善逸君も応援してるよ、頑張ってね」

そう笑えば、彼は嬉しそうに笑い返してくれる。私の言葉で元気を出してくれるのならよかった。私がみんなのために出来る事は少ないから、少しでも力になれたのなら私も嬉しい。

「…おい!早く行くぞ!」
「は!?伊之助、お前食べるの早ぇよ!」
「お前らが遅いんだろ!さっさと行くぞ!」

何だかいきなり怒り出したかのような雰囲気になる伊之助君。急に大きな声を出すので、私はびくりと身体を強張らせてしまった。私のせいで何か彼を怒らせてしまったのだろうか。

「名前、頭!」
「はい、ここだよ」

そんなピリピリとした視線を向ける伊之助君に猪の被り物を渡す。毛が太くてチクチクするそれをつける伊之助君。私は彼が被り物を外しているところを見る方が多いから、被り物をつけている伊之助君は何度見てもびっくりする。

「そうだ、伊之助君。こっち向いて」
「何だ?食い物か?」
「食べ物じゃなくて申し訳ないんだけど…」

そう言って私は彼の首に腕を回す。

「襟巻編んでみたの。伊之助君いつも寒そうだから、つけてくれると嬉しいな」

伊之助君の髪に混ざっている色と同じ紺青色をした襟巻。彼はこの猪の被り物をつけると綺麗な髪の毛も見えなくなってしまうから、何だかそれが勿体なくてついこの色で編んでしまった。うん、やっぱり伊之助君にはこの色が似合う。

「…俺をほわほわさせるな!」

ほわほわって何だろう。伊之助君はよく私にこう言うけど、未だにその言葉の意味が分からないでいた。

「…戦闘の時は邪魔だから外すぞ」
「うん、いいよ」
「暑い時も外す」
「うん」
「…なるべく破らねぇようにする」
「破ってもまた編んであげるから大丈夫だよ」

気に入ってくれるか不安だったけど、伊之助君は嫌がってないみたいだし、慣れないながらも一生懸命編んでよかった。いつの間にか彼の機嫌も直ったようで、ピリピリとした視線は無くなっていた。

「俺が一番デカい鬼を倒してくる!楽しみに待ってろよ!」
「うん、頑張ってね」

そう言って私の頭をぐしゃぐしゃに掻き回す伊之助君。多分撫でているつもりなんだろうけど、力加減が下手くそなのか髪がぐしゃぐしゃになるだけだった。

「怪我だけは気を付けてね」
「おう!心配いらねぇ!」

うん。伊之助君に怪我するな、なんて無茶なお願いだから守ってくれるとは思わないけど、それでもやっぱり傷だらけで帰ってくる貴方を見るのは嫌だから。

「伊之助君、いってらっしゃい」

私はそう言って、弟達にしていたように彼の頬に口付けをした。猪頭の上からだから、毛がちくりと唇に当たって痛かった。
彼らしく、おう!と言って意気揚々と任務に向かうと思ったのだが…伊之助君は固まっている。猪頭を被っていても、彼が驚いていたのが分かった。

「…こういうのは、俺以外にするなよ!」
「あ、ず、ずるいぞ伊之助だけ!」
「駄目だ!名前は俺以外にしちゃ駄目だ!」
「う、うん。分かったよ伊之助君」

よく分からないけど、やってはいけない事だったんだろうか。私は人と少しズレているみたいだから気を付けないと。伊之助君が教えてくれてよかった。
苦笑する炭治郎君や怒る伊之助君や善逸君を見て、やっぱり私は面倒を見られている方だろう、と1人頷いたのだった。