きになるあのこ

「あ、義勇さんじゃないですか」
「…#name2#か」
「名前です。名前って呼んでくださいっていつも言ってるじゃないですか」
「…善処する」
「いつもそう言うんですから。お館様のところ行くんですよね?私も呼ばれたので一緒に行かせていただきますね」
「どうせ嫌だと言っても付いて来るのだろう。勝手にしろ」
「よくお分かりで」

人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている冨岡にこのようにずけずけと物言い出来る人物は少ないだろう。名前はその内の1人であった。細かい事は気にしない性格の名前は、冨岡に対しても取っ付きにくいから近寄らないでおこう、などと考える性格ではない。だが煉獄のように豪胆な性格なわけではなく、どちらかと言うとしのぶのような性格である。詳しく言えば、

「あ、冨岡さん。頬におべんと付いてますよ」
「…どこだ」
「嘘ですよ。信じるなんて冨岡さん可愛いですね〜。もしかして招集かかって急いでご飯食べたりしたんですか?ご飯はゆっくり食べないと駄目ですよ〜」
「…」

…人をからかう事が好きなだけである。名前のからかう対象に入らない人物はいない。あの不死川にだって物怖じせず揶揄いに行ったくらいである(その時名前は不死川に斬られかけた)。自分の1番上の上司である産屋敷でさえからかうくらいであり、名前は根からのからかい好きなのだ。周りからすると、命がいくつあっても足りないような行為をする名前は呆れ恐れられている。…恐れられているのは主に、機嫌の悪い不死川の後始末をしていた隠達にであるが。

義勇は無表情で引っかかってくれるから面白い。と一応頬に食べカスが残っていないか確認する義勇を名前は眺める。そんなに確認しなくてもついてる訳がないのに。と思いながらもそんな義勇が可愛いので言わないでおいた。
そんな名前にちらりと視線を向ける義勇。

「どうしたんですか?まさか、私に見惚れてたとかですか〜?」
「そんな訳ないだろう」
「照れなくてもいいんですよ!まぁ見た目だけはいいとか喋らなければ美人とか口を縫い合わせたら結婚出来るとか言われてる私ですし、義勇さんが見惚れてしまうのも仕方ないかと!」
「…お前はそれでいいのか…?」

名前は第一印象だけはいいのだ。第一印象だけは。名前の見た目に惹かれた新人隊士が、名前が向こう見ずの阿呆だと知った時にショックを受けて泣き崩れている様は鬼殺隊の恒例と化している。
そんな名前の軽口に呆れながらも義勇は再び口を開いた。

「…最近、何かあったか」
「え?ほんとどうしたんですか、いきなり」

義勇との会話に慣れてきたとはいえ、名前も脈絡もなくそう振られれば彼が何を意図して言ったのか分からない。随分と抽象的な質問に疑問で返せば、義勇は答えにくそうに返答をする。

「……………誰か、懸想でもしているのか」
「…え?」

懸想?と、名前は頭の中で単語の意味を再確認させた。自分が、誰か異性の人を…。

「!ふははっ!」
「!?…何がおかしい」
「いや。だって、ふ、義勇さんそんな真面目な顔して恋バナするので、ふふ」
「恋バナ……。俺はただ、そう思っただけだ」

義勇の口からまさかそんな言葉が出て来るとは思わなかったため、名前は吹いてしまう。いや、滅茶苦茶深刻そうな顔をしていたから大事な仕事の話かと思っていた。
義勇はそんな笑われる質問ではない、と不満そうな顔をしている。

「ひー…、いやいやどうしたんですかいきなり」
「別に…」
「何ですかー。あ、もしかしてこの髪留めですか?これは蜜璃ちゃんがくれたんですよ」

名前は自分の髪に挿さっている花の飾りを指差す。確かに自分はこういった装飾品を身に付ける性格ではない。だが、折角同僚から貰ったのだからと今日はつけていたのだ。それを義勇は男性からの贈り物だと思ったのだろう。

「そういう事なので、心配しなくても私は鬼殺隊一筋なので大丈夫ですよ!」
「心配はしていない」

呆れたように義勇は足を早める。いや、もしかしたら勘違いした事に照れているのかもしれない。ちらりと見えた耳が赤いような気がする。

「待ってくださいよ!もう、そんなんじゃモテませんよ、義勇さん」
「モテる必要はない」
「義勇さんも顔だけはいいんですから頑張りましょう!」
「余計なお世話だ」
「あぁ!待ってくださいってば!」

笑い過ぎで目尻に涙を浮かべながらも、楽しくてしょうがないといった顔で名前は義勇を追いかける。自分が懸想しているのは義勇さんですよ、と言ったらどうなるのだろうか。本気にされないんだろうな、と思いながらも、今日も明日も義勇をからかい続けるのだ。名前がこんなにも飽きずに1人をからかい続けているのは義勇しかいない、という事を義勇本人は知らないのである。