花のにおいは

「わぁ……!すっごく綺麗……!」
「どこも花の匂いでいっぱいですね」

 散歩の途中、炭治郎君が「良い匂いがする」と言って私と禰豆子ちゃんを連れて来てくれたのがこのお花畑。色とりどりのお花が咲き誇っていて思わず感嘆の声が出てしまう。近くにこんなに広いお花畑があったなんて全然気付かなかった。

「ねぇ、炭治郎君。少し寄ってもいいよね?」
「勿論です」

 禰豆子ちゃんの手を引いて、私達はお花畑に足を踏み入れる。

「お……はな……」
「うん。お花綺麗だね、禰豆子ちゃん」

 禰豆子ちゃんは今までの数年間太陽の下に出る事が出来なかったから、こうしてお花を見るのも久々なのかもしれない。顔を綻ばせる禰豆子ちゃんにこっちまで嬉しくなってしまう。
 腰を下ろすと更にお花の良い匂いが感じられた。私はお花をいくつかぷちりと抜く。何をするんだろう、という禰豆子ちゃんの不思議そうな顔。

「ふふ、禰豆子ちゃんも一緒に花冠作る?」

 そう聞けば、禰豆子ちゃんはこくりと頷いた。彼女も近くにあったお花をいくつか取って、私の手元を見ながら一緒に編んでいく。ちまちまとした作業は鬼になった彼女には難しいと思ったが、ちゃんと形になっている。もしかしたら鬼になる前に作った事があるのかもしれない。

「炭治郎君は何してるの?」
「あ、えっと……俺も花冠作ってみようかなって……」
「それじゃあ炭治郎君にも教えてあげるよ。一緒にやろう?」

 反対側にいた炭治郎君を見れば、彼も私の手元を見ながら見様見真似で花冠を作っていた。こういうのは器用そうな炭治郎君だが、意外と不細工な出来栄えになっていて少し笑ってしまった。笑わないでください、と恥ずかしがる炭治郎君にも教えてあげていると、急に肩に重みを感じる。禰豆子ちゃんがぽてり、と私の肩にもたれかかっていた。眠くなっちゃったのかな。禰豆子ちゃんの頭を私の膝に乗せてあげる。頭を撫でてあげれば、禰豆子ちゃんが眠りにつくのに時間はかからなかった。

「日向ぼっこ気持ち良いもんね、良かったね」

 今まで禰豆子ちゃんは日の元に出る事は出来なかったけど、前に克服してからは昼間でも一緒に外に出る事が増えた。そのおかげで周りの人まで笑顔が増えた気がする。鬼が人間に戻るのも夢ではないのかもしれない。そんな希望を彼女は持たせてくれたのだ。

「名前さん、ありがとうございます」
「?何が?」
「名前さんがいなかったら、禰豆子はこんな風に昼間に外に出る事は出来なかったかもしれないです。俺達の事をずっと気にかけてくれて……」

 鬼殺隊として、鬼になった子供を庇うのは良くないのかもしれない。いや、本当はいけない事なのだと分かっていた。でも私は何だかこの2人の兄妹が放っておけなくて、処分されそうになった2人を助けたり、その後も色々と気にはかけていたのだが……。

「そんな。禰豆子ちゃんが太陽を克服したのは禰豆子ちゃんと炭治郎君が頑張ったからだよ」

 私はあくまで2人が鬼殺隊としていられるように少しばかり協力していただけで、ここまで生き延びて太陽も克服したのは2人の力があったからだ。そんなにも深く頭を下げられるような事ではない。そう思っていたのだが、炭治郎君は納得出来ないみたいだった。

「名前さんにとっては大した事なかったのかもしれませんが……、俺達にとっては本当に嬉しかったんです。頼れる人が少ない中で、名前さんはたくさん俺達を助けてくれました。それは事実です。だから、感謝の気持ちを受け取っていただけたら嬉しいです」

 こちらの瞳を真っ直ぐに見て言うものだから、何というか、炭治郎君は凄い。こんなにも曇りのない瞳で優しい言葉をかけてくれるのだから。それ以上否定する事は出来なかったから、わかったよ、と言って炭治郎君の感謝の言葉を受け取る。

「あ、炭治郎君、そこは……」

 炭治郎君が作っている花冠の間違いに気付き、手を伸ばす。その時私の手が炭治郎君の手に触れてしまい、お互い「あ」と声が出る。

「ごめんね、炭治郎君……」

 そう言って顔を上げると、随分近くに炭治郎君の顔があった。赤みがかった瞳に見つめられ、どきりと胸が高鳴る。どちらからともなく私達は手を重ねた。

「あ、あの、名前さん……」
「う、うん。いいよ……」

 お互い言わんとしている事が理解出来たから、具体的に言葉にしなくても分かる。私がそう言うと、彼はするりと私の頬に手を伸ばした。唇が触れ合う。彼はキスまでも優しい。ほんの少し触れ合っただけだが、私達の顔を赤くさせるのには十分であった。

「まっか……」

 お互い見つめ合っていれば下から声が聞こえた。いつの間にか起きていた禰豆子ちゃんが私達の顔をじいっと眺めていたのだ。

「ね、ね、ね、禰豆子ちゃん!?い、いつから……」

 もしかして禰豆子ちゃんに炭治郎君との接吻を見られていたのかもしれない。そう思うと私の顔は更に熱を持つ。熱い。恥ずかしい。

「ねつ、ある、の?だいじょうぶ?」

 そう言って禰豆子ちゃんは私の額に手をやる。こういうところは長女らしい。でも熱とかじゃないんだ。ごめんね禰豆子ちゃん。禰豆子ちゃんは同じく顔を赤くしている炭治郎君の方に行き同じように心配をする。炭治郎君もまた私と同じく赤い顔で必死に否定をして、禰豆子ちゃんは首を傾げた。

 穏やかな風が吹き抜ける。ずっとこんな幸せな時間が流れれば良いのに。そんな無理な願いを、私はいないだろう神様に願った。