「なぁイザーク、もしかしてなんだけど・・・
 ユイって可愛かったりする?」

ニコルと並んで歩く横顔と
周りの女の子たちを見比べながら問いかける。

「昔から見慣れすぎてるのかもしれないが
 一般的に見て間違いなく可愛い部類に入るな。」
「あ、やっぱり?」

俺の言葉にイザークは深くため息をついた。


Red Geranium


イザークに連れられて入った店は
思っていた通りオシャレな店で
男二人でこなかったのは大正解。

そのわりに価格はリーズナブル。

「イザークも庶民価格のもの、食べるんだね」
と、余計な一言でユイはイザークの拳骨を食らった。

黙ってりゃいいのに、こいつほんとバカ。

「あ、ピアノがありますね。」

振り返ってみると、俺とユイのちょうど後ろに
ピアノが見えた。

「ディナータイムだと、演奏もしているようだ。」

イザークがネットの記事を見せる。

「ねぇあれって、今弾いたら怒られちゃうかな?
 ニコルのピアノ聴いてみたい!」

ユイがキラキラした顔で身体を乗り出す。

「アカデミーにいると、聴いてもらう機会もないですしね。」
「折角だ、ダメもとで聞いてみればいい。」

イザークが従業員に声をかけるため、席を立った。

そういや、ニコルはピアノ弾くんだっけ。
あんまり音楽には詳しくないが
コンサートもやっているということだから
それなりに上手いんだろう。

イザークが従業員に声をかけると
責任者らしき人が奥から出てきた。

そのまま2、3会話をし
イザークがこちらに戻ってくる。

「どうだった?」
「責任者がニコルのファンだそうだ。
 コンサートにも来たことがあるらしい。
 ニコルのピアノであれば、ぜひ、と。」
「そうなんですか!嬉しいな。」
「すごいすごい!!」

テンションの上がったユイの肩を抑える。
まったく、こどもかっての。

「じゃぁお言葉に甘えて、1曲だけ。」

ニコルは席を立ち、ピアノの方へと向かった。

ピアノの蓋を開け、イスに腰かける。

と、まだ弾いてもいないのに
ぴん、と空気が変わったのを感じた。





静かに始まった、ニコルのピアノ。

俺は楽譜も読めねェし
ピアノの上手い下手なんて全然わかんねェけど

それでも、何か
ニコルのピアノには惹きつけられるものがあった。

気づけばレストランにいる全員が
ニコルのピアノに注目している。

あのイザークまでもが
優し気な顔で聴いているのだから驚きだ。



あえて短い曲を選んだのか
ニコルのピアノは5分程度で鳴りやんだ。

「ニコル!!すごい!!」

曲が終わった瞬間
ユイが立ち上がって拍手をすると
拍手は店全体に広がった。

「ありがとうございます。」

ニコルは軽くお辞儀をし
こちらのテーブルへと戻ってくる。

ちょうどそのタイミングで
料理もテーブルへと運ばれてきた。

「気に入っていただけました?僕のピアノ。」
「うん!!ほんとにすごかった!!また聞かせてね!」
「ありがとうございます。よかったら次のコンサート招待させてください。
 イザークやディアッカも。」

ユイが「行こう!絶対行こう!」と目で訴えかけてくる。
はいはい、わかりましたよ。

「日程が決まったら早めに連絡しろ。俺は忙しいんだ」
「はい!ありがとうございます!」

ったくイザークも素直に行く、って言ってやれよな。
言われた本人がにこにこ笑ってるから、まぁいいか。

「ほら、早く食わねぇと冷めるぞ。」
「いただきまーす!」

料理を口に運び
ユイは幸せそうな顔で笑った。









「あれ?ユイ、その曲・・・」

食事も終わり、店を出たところで
ニコルが鼻歌を歌うユイに気づいた。

「あ、さっきのニコルのやつ。
 いい曲だったよね。
 ♪シーーーーラーーーー
 ソーーソファレミレーードレドーーシーー・・♪」
「へぇ上手いじゃないか。」

口ずさまれた歌にイザークが関心した顔を見せる。
こいつ歌は昔から上手いからな。
ソフィアさんが亡くなってから、あんまり歌わなくなってたけど。

久々に聞いたかもしれない、ユイの歌。


ニコルは少し考えるように黙っていたが
思い立ったかのように、口を開いた。

「ユイ!お願いがあります!
 じつはさっき伝えたコンサートで、僕のピアノに合わせて歌ってくれる人を探していて・・・
 お願いできませんか・・・?」
「え、そんな大役・・・!!」

どうしよう?
とユイがこちらを見る。

なんで俺見んだよ。
俺は保護者か、っての。

「やりたいならやればいいんじゃない?
 どうせお前、やりたいんだろ?」
「うん!やりたい!」
「ほんとですか!?嬉しいなぁ。」

出来るかな、とユイは不安気な顔をしながらも
やっぱりどこか嬉しそうだ。

「よろしくお願いします!」
「こちらこそ!頑張ります!」

なんだろうな、やっぱこいつが嬉しそうだと
俺も嬉しいわ。

「これはますます予定を開けておく必要があるな。」

イザークの言葉に俺もうなづいた。



「あ、信号が変わります!急ぎましょう!」
ニコルの声にイザークも足を速める。

ちらっと隣を見ると
人の波に埋もれそうになっているユイの姿。

・・・もう、いっか。

「!!ディアッカ!それ!もうだめだって・・」

ユイの手をとり
足を速める。

数日ぶりに握ったユイの手の温かさに
少しほっとしたりして。

「いーんだよ。今、イザークたちしかいないから。」
「イザークとニコルの前だったらいいの?」
「アスランの前もいい。ラスティはだめ。
 あとはアカデミー内とか、軍内部以外とか・・・・
 だぁぁっ!もうめんどくせぇ!
 そんぐらい自分で判断しろ!」
「うんっ!」

嬉しそうに笑うユイ。

なんだよ。
可愛いじゃん、ユイのくせに。

渡り終えた横断歩道の向こうで
イザークが小さく笑っているのが見えた。





2019.04.29


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