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なぜユイがあのドレスを選んだのか

その理由を俺は知らない。


Red Geranium



課題提出だとか、進級試験だとか
そんなものをこなしているうちに
あっというまにニコルのコンサート当日を迎えた。

「ディアッカくん!」
「エリックさん、お久しぶりです。」
コンサートホールの入り口で、待ち合わせていたエリックさんが手を挙げている。
アカデミーに入ってから会うのは初めてだ。

イザークは今頃「なんで俺がおまえと並んでみなきゃならん」だとか
そんな文句を言いながら、アスランと並んで座っていることだろう。

「ちょっと見ない間にまた背が伸びたね。」
エリックさんが、うんうん、とうなづく。

こうやって接してると、ほんと気のいいお父さんで
Nジャマーの開発責任者、って立場を感じさせない。
この一見能天気に見えるところは、親子そっくりだな。

最近つくづくそう思う。

「じゃぁ、行こうか。」
「はい。」

楽しみだなぁ、とスキップでもしそうなエリックさんに
思わず笑いが漏れた。











コンサート会場で聴くニコルのピアノは、レストランで聴いたときより何倍もよかった。
1時間を過ぎた頃、やっとユイの出番がやってくる。

薄い紫のロングドレスに身を包んだユイは、いつもと雰囲気が違っていて
ユイなのにユイじゃないようにみえた。

演奏が始まり、ユイがピアノに合わせて声を出す。
ニコルのピアノと同じように、ユイの声も、会場の雰囲気を飲み込んでいった。

ラクス・クラインとはまた違った魅力が、ユイの歌にはある。
ラクス・クラインのような澄んだ美しさとは違う
もっと力強い、響く声。

「ソフィアの声と・・・・よく似ている。」

隣に座るエリックさんの瞳から、涙が一筋こぼれた。



間奏に入り、視線を交じらせる二人。

なんとなく、なんとなくだが
ニコルはユイのことを好きなんじゃないかと
そんな風に感じる。

アカデミーに入ってすぐの頃から
ずっと感じていたことだ。

直接本人に聞いたことなんてない。

でも、俺どっちかというと
そういうのすぐ気づくし。

あの能天気バカは全く気付いてないけど。

だからといって、どうこうするわけでもない。
ユイのことを好きだ、という男が現れるのだって、初めてのことじゃないからだ。
今に始まったことじゃない。

さすがに、相手が自分の友人、という点は初めてだけれど。

もし、本人に好きだと言われたら
あいつはどうするんだろうな

そんなことを考えているうちに
2時間のコンサートは終了した。









「ロミナ!ロミナじゃないか!!」
会場を出て、イザーク・アスランと合流。
ユイとニコルを待っていると、エリックさんが突然驚いたように声を上げた。

「母とお知り合いですか?」

声のした方を見ると
ロミナと呼ばれた女性の隣には、ニコルとユイの姿があった。

着替えまで済ませたユイは
先ほどよりシンプルな、でもよそ行きの服装をしていた。

さっきのドレス、似合ってたのにな。
写真でも撮っときゃよかった。

「もしかしてあなた・・エリック?」
「あぁそうだよ!エリック・グローバルだ!!」
「まぁ!!お久しぶりです!!」

大の大人二人が、キャッキャと嬉しそうにはしゃいでいる。

なんだ?とイザークが目で聞いてくるが、俺にもわからない。
とりあえず、俺たちもユイたちの方へと足を進めた。

「何?お父さん、どういうこと?
 ニコルのお母さんと知り合いなの?」

ユイもニコルも状況を飲み込めていないようだ。

「そうか・・・君が・・・」

エリックさんは、感慨深げにニコルの顔を見つめた。
同じように、ニコルのお母さんも、ユイをみつめている。

「ソフィアとニコル君のお母さん、ロミナは学生時代の親友でね。
 私も何度か一緒に食事に出かけたことがあったんだ。
 卒業後は会っていなかったが、まさか君がニコル君の母親だったなんて。」
「えぇ、私もユイ・グローバルさんと聞いて
 まさか、とは思っていたのですけど・・・。」

そういうことか、とユイとニコルがうなづく。
にしても、学生時代の友人とこんなところでつながるのか。
世間は狭いもんだ。

「ソフィアが亡くなったことは聞いているわ。
 大変だったでしょう・・・
 ごめんなさいね、お墓参りにも行けなくて・・・」
「いや、君こそ大変だったろう。」

大人同士の会話がはずんでいく。
久々に楽しそうな表情をするエリックさんを見て、ユイは安堵の表情を浮かべていた。

「ニコル君とユイが結婚でもしたら
 天国のソフィアがどんなに喜ぶか・・・!」
「はい?」

突然の言葉に、耳を疑う。
また、この人は突拍子もないことを!

「僕はかまいませんよ。」
「ニコル君!ほんとかい!?」

ニコルも、にこにことその話を受け入れてやがるし。
いや、ちょっと待て。
そんな簡単に

「そんな、光栄ですけど
 ユイさんは困っちゃうわよねぇ。」
「私もかまいませんよ。」

はぁあぁぁ!?おまえ、ばかなの?

「ちょ・・ユイ!おまえ!」
「ディアッカうるさいー。」

うるさいじゃねぇよ!!
何言ってんだこのばか、ほんとに!

「ちょっとこっちこい!」

ユイの腕をひいて、移動する。
エリックさんたちは、一瞬何事かとこちらを見ていたが、気にせず会話を再開した。
こちらの声も、ここなら聞こえないだろ。

「おまえ本気で言ってんの?」
「何がだめなの、いいじゃん。ニコル可愛いし。」

こいつ・・絶対深く考えてねぇ・・

「なーんて、ニコルもそこまで真面目に考えてないでしょ。
 親同士のただの口約束口約束。」

やっぱり・・・・

「おまえ、ほんとばか?」
ため息をつきながら頭を抱える。

ばかとは何よ、とユイは口を尖らせたが、すぐに真面目な顔をした。

「・・・久々にね、見たの。
 お父さんのあんなに楽しそうに笑ってるところ。」
「ユイ・・・。」

それは、俺も思っていたことだった。

ソフィアさんが亡くなってから
懸命にNジャマーの開発に励んで
そのあとも、ずっと頑張ってきたエリックさん。

どんなにエリックさんがつよくったって
それでもやっぱり
前ほどの笑顔は見られていないように、感じていた。

エリックさんたちが、ユイを大切にしてきたように、ユイだってそれに応えようとしている。
グローバル家は家族想いの、本当に理想の家族だ。

でも

ユイの気持ちも、わかる。
わかるけど
「知らねぇからな。面倒なことになっても。」
「面倒なことってなによ」
「自分で考えろっ」

おまえは気づいてなくても
ニコルはおまえのこと

喉元まで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。

「まぁ温かく見守ってよ。」

それだけ言い残すと、ユイはエリックさんたちの方へと戻っていった。
俺も、その後を追う。

「説得は失敗か?」

イザークの言葉に、俺は黙ってうなづいた。





2019.05.01





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