12
物心ついたときからずっと一緒だったから
離れる日がくるなんて
思っていなかった
Red Geranium
アカデミーでの生活はあっという間に終わりを迎え、目の前に卒業が迫っていた。
卒業、つまり配属が決まる。
配属発表はついに明日行われるらしい。
誰もがそわそわと、落ち着かない様子だ。
「みんな一緒だといいですね。」
「うん・・・。」
ニコルが不安で食事の進まないユイに優しく笑いかける。
成績順に決まる制服の色はすでに発表されていて、赤色と決まったイザークはすこぶる機嫌がいい。
俺もなんとか滑り込みで赤。
アスラン、ニコル、ラスティも赤の中、ユイだけが緑となった。
「どうせ自分だけ緑だから、配属が違うかも、とか思ってんだろ。」
俺の言葉に、ユイがうなる。
「制服の色は関係ないさ。」
アスランの慰めも、今のユイには響かないらしい。
とはいえ、それで体調を壊されてもかなわない。
「ほら、ちゃんと食え。」
「うん・・・。」
俺が差し出したスプーンをユイは口に含んだ。
いつもより長く時間のかかった食事を終え、それぞれの部屋へと向かう。
「じゃ、また明日。」
「おやすみなさい」
アスラン、ラスティ、ニコルが俺たちに背を向けて離れていく。
「俺たちも戻るぞ。」
「あぁ」
イザークに続いてその場を離れようとした俺の服の裾を
つん、とユイが引いた。
「どうした?」
「・・・・。」
ユイは何か言いたげな顔でこちらを見たが、すぐに下を向いてしまう。
イザークは俺に視線を寄越すと
「あまり遅くなるなよ。」
そう言い残し、先に部屋へと帰っていった。
「ちょっと、外、出るか?」
「うん。」
こんな廊下じゃ話しづらいこともあるだろう。
来た道を、もう一度引き返す。
女子寮の隣を通り、外に出るとちょうど心地よい風が吹いていた。
「ほら、ここ座れよ。」
周りから死角になった位置にあるベンチ。
そこに腰かける。
隣に座ったユイの言葉を
俺はじっと待った。
黙っているときのユイは、何かを懸命に考えているはずだから。
気持ちが言葉になるまで、時間がかかるのなら、それを待つ。
昔から、ずっとそうしてきた。
風が、樹を揺らす音がする。
遠く向こうから、内容まではわからないが、アカデミー生が会話をしている声も一緒に運ばれてきた。
心地よい風に、そっと目を閉じていると
不意にユイの手が俺の膝に触れた。
「どうしようもなく・・・不安なの。」
「うん。」
ユイが言葉を紡ぎ始める。
下を向いたまま、ユイの顔は見えない。
「戦場に出ることか?」
「それも・・あるんだけど・・・・」
となると、やっぱり
「自分一人だけ配属が違うかったら、どうしよう、とか考えてる?」
ユイの肩が、ビクリと跳ねた。
配属だけは俺にもどうしようもないからな、と
下を向いたユイの後頭部を見つめる。
「それも・・そうなんだけど・・・・。」
ユイはそのまま、また言葉を噤んだ。
膝に乗せられたユイの手が、かすかに震えている。
俺はそっと、ユイの手に自分の手を重ねた。
ユイが小さく、息をつく。
「ディアッカと・・・・
ディアッカと離れたら、どうしよう、・・・って」
「ユイ・・・」
顔を上げたユイがゆっくりとこちらを向く。
唇を噛みしめ、瞳には涙が溜まっていた。
空いていた反対の手で、その涙をぬぐう。
「お母さんが死んで、世界がどんどん動いていって・・・
それでも頑張れたのは、ディアッカが傍にいてくれたからだよ・・・」
脳裏に、あの日のユイの姿がよぎる。
腕の中で、泣きじゃくっていたあの日のユイ。
自分の意思でザフトに入ると決めて、前を向いて進んできたはずのユイが
また、道を見失おうとしていた。
「大丈夫。おまえはそんなに弱くない。」
「そんなこと・・・」
知ってるさ。誰よりも。
ずっとそばで見てきたんだ。
「まだ配属のことなんてわかんねェけど、もし、もしも離れたとしても」
涙をぬぐう手を止め、ユイのほおを包む。
「おまえに何かあったら、すぐ飛んでってやる。」
「絶対?」
「俺が嘘ついたことあるか?」
「いっぱいあるよ。」
「そう・・だな。」
小さい頃、ユイを騙してお菓子を奪ったり
男同士で遊びに行きたいから、ついてくる幼いユイにかくれんぼだと言い聞かせて置いて行ったり
たしかに、そんな嘘は山ほどついてきたな。
くすり、とユイが笑った。
今日初めてみる、ユイの笑顔。
「やっと笑ったな。」
くしゃり、とユイの頭をなでる。
いつだってすぐ近くにいたユイ。
これからは、離れてしまうかもしれない。
そうなったとき、寂しいのは
きっと俺もおんなじだ。
寂しいのが自分だけなんて、思うなよ。
「これ、やるよ。」
いつ渡そうかと、悩んだままポケットに入れっぱなしになっていた小さな箱を取り出す。
中にはシンプルな飾りのついた、ゴールドのネックレス。
先週の最後の休暇時にイザークと買い物にいったとき
ふと目について購入したものだ。
「シルバーか悩んだんだけどな・・・。」
「ゴールドの方がいい。」
「そういうと思って。」
ユイはくるっと後ろを向くと、おろしていた髪を脇に避けた。
「つけて。」
「はいはい。」
箱から取り出し、ネックレスをユイの首にまわす。
金具をいじりつけ終えると、ユイは飾り部分をそっと手で押さえた。
どう?と振り返ってこちらを見る嬉しそうな顔に、俺も自然と表情が緩む。
「ニコルがいやな顔しないといいけどな。」
「しないよ、大丈夫。」
わかってねェな、相変わらずお前は。
わかってて、渡した俺も俺か。
「もう、大丈夫か?」
「うん。」
完全に不安がなくなるなんて、そんなことがないのは俺もわかってる。
でも、ユイの表情はさっきよりも何倍もマシになっていて
俺もほっと一息をついた。
「死ぬなよ。」
「ディアッカもね。」
目の前に差し出された小指に、俺は自分の小指を絡ませた。
「配属を発表する。」
翌日、成績順に並べられ、教官が前にたった。
順番に、配属が発表されていく。
「アスラン・ザラ、クルーゼ隊!」
「はっ!」
呼ばれたアスランが一歩前に出て敬礼のポーズをとる。
「イザーク・ジュール、クルーゼ隊!」
イザークに続き、ニコル、俺、ラスティもクルーゼ隊への配属が発表される。
あとは、ユイだ。
俺だけじゃない、ニコルたちもユイの配属先がどこなのか、と
固唾をのんで待っているのがわかった。
「ユイ・グローバル、バルトフェルド隊!」
バルトフェルド隊・・・。
ぎゅっと、胸が締め付けられる。
隣のニコルからも、落胆の気配がにじみ出ていた。
ついに、きた、離れるとき。
いつかはくるとわかっていたが、ついに、そのときが。
ユイは目をつむり、深く息をはいた。
「・・はい!」
一歩前にでてユイも敬礼のポーズを取る。
俺の視線に気づいたユイは、目元を緩ませ、そっと口を開いた。
『もう、大丈夫。』
口パクで伝えられたその声に、俺はうなづき返した。
敬礼のポーズを取りながら、反対の手で首元を握りしめるユイ。
その服の下には、きっと・・・
敬礼したままの小指だけが、熱を持っていた。
2019.05.11
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