15


Red Geranium


プライベートで街に出るから護衛を頼みたい

隊長からそんな珍しい指示を受けた。
なんでも、いつも一緒にいるダコスタさんが別件でいないのだそう。

ダコスタさんはまだ遠くからしか見たことがないけれど、隊長が「ダコスタくん、ダコスタくん」と話しているのを何度も聞くから、本当に仲が良くて、信頼もしている部下なのだな、と思っている。
そのダコスタさんの代わりを務めるだなんて、本当に私にできるのだろうか。

『アンディの選んだ人なら間違いないから大丈夫』

不安が伝わったのだろう。
隊長の恋人、アイシャさんが綺麗な微笑みを浮かべ、私の手を握った。

アイシャさんとは数える程しかお話したことがないけれど、綺麗で、スタイルがよくて、優しくて、でもラゴゥの操作はとても上手くて、つよくて

短い間で、アイシャさんは私の憧れの人になっていた。

さらには、ついでだから、とアイシャさんがお出かけ用の服を見繕ってくれ、そのおかげで、護衛当日の服装には苦労せずに済み、今日に至る。





「どうだ、もう砂漠での任務には慣れたかね?」
街に向かう車の中、隊長がチラリとこちらに目を向ける。

私が運転すると言ったのだけれど、今日は運転したい気分だから、と運転席を譲ってはくれなかった。
ダコスタさんとお出かけの時は、どうしているのだろう。

「おかげさまでだいぶ慣れました。モビルスーツの使い方、忘れそうですけど。」
「ハハハ。早くそんなもん忘れられる世界になりゃいいんだがな。」

運転をしながら、隊長が豪快に笑う。

砂漠に来てから、何度か戦闘があった。
それは地球軍だったり、レジスタンスだったり、街の人だったり。

戦ってみてわかったこと。
バルトフェルド隊長は、無駄な殺生は好まない。

ハリス教官が私をバルトフェルド隊長に紹介してくれたのは、「殺したくない」という私の意志を汲み取ってくれたからではないか、と、最近はそのように感じている。



「さすがアイシャだ。動きやすさを残しつつ、君の愛らしさも活かしている。こんな可愛い子を連れて歩けるなんて、男として鼻が高い。」
「そんなこと言ってたらアイシャさんに怒られますよ」
「いや、むしろこのコーディネートをしたのは自分だ、って誇らしげに言うさ。」
「・・・ごちそうさまです」

想像してみて、同意する。
アイシャさんが私ごときにヤキモチを妬くだなんてあり得なかった。
というか、こんなに平和で、いいのだろうか。
世界は戦争をしているのに。

街につき、車を降りる。
まっすぐにコーヒー豆のお店へと向かう隊長の背中を私は追いかけた。

「君は恋人は?」
豆の香りを確かめながら、隊長が不意に尋ねる。

「恋人は・・・いません。でも、婚約者がいます、多分」
「多分?」
私の回答に隊長が笑う。

「親は公認なんですけど、特にお互いなんとも思ってない、というか・・・。人としては大好きなんですけどね。」
「なるほど。でも、親が認めているなら、それは正式に婚約者なんじゃないのかね?」
「そんな、もんですか?」
「逆に君の思う正式な婚約者っていうのは?」

想像を巡らせる。
正式な婚約者、っていうのは・・・
アスランとラクス様みたいに世間の皆が認めていて・・・

でも世間の皆が認めている、だなんて、そんなのレアだ。

とすると、やっぱり私とニコルも、親が認めている時点で正式な婚約者、ということになってしまうんだろうか。

ぼぉっとそんなことに思いを巡らせている間に、隊長は買い物を終えたらしい。

「次、行くぞ」

その言葉にはっとして、慌てて後を追った。






背後で誰かの殺気を感じたのは、店を出てすぐ後のことだった。

「隊長!!!」
街に響く銃声とともに、隊長を突き飛ばす。

隊長も予期していたのか、瞬時に受け身をとると、腰に潜ませていた銃をかまえ、次の発砲に備えた。

その姿を確認し、こちらを狙った人物を撃ち返す。
狙い通り、弾は相手の利き腕にあたり、銃が地面へと落ちた。
すかさずそれを蹴り飛ばし、手の届かないところへ。
服装からして、この人は地球軍ではなく、レジスタンスだろう。

反対側からも同様に走ってくるレジスタンスが見える。
隊長の位置を確認しながら、今度はそちらへと銃を放った。

そこで気づく。
「囲まれてるな」

言いながら、隊長の顔には余裕の表情が浮かんでいる。
正規の軍でないのなら、確かに脅威というほどではない。

「そちらは任せたよ」
「はい」

隊長と背中を預け合う。

こちらの相手は、5人、いや6人だろうか。

1人1人の位置を確かめながら、私は確実に銃を奪っていった。

「ユイ!!!!」

突如隊長が声を荒げる。
隊長の視線の先で、爆弾のピンを抜こうとしている姿が見えた。
瞬時に、隊長が体制をこちらに向けている時間はない、と悟る。

このまま、ここであのピンが抜かれたら?

あの人はこの場にいる関係のない人が巻き込まれても、平気ということだろうか。

一瞬のうちに様々な想いが駆け巡る。

間に合わない

反射的に、引き金を引く。

「ぁ・・・っ」

そこから先は景色がスローモーションのように見えた。
真っ直ぐ、真っ直ぐ飛んでいく銃弾。

真っ直ぐ、真っ直ぐ

頭を撃ち抜く。







「ユイっ」

隊長の声とともに、どしりと身体に重みがかかった。
隊長が私の身体に覆いかぶさり、二人で地面にうつぶせる。

「戦場でぼーっとするな!」

隊長が私の頭を抱え込んだまま、周りに銃弾を飛ばし、一瞬のうちに、あたりは静けさを取り戻した。

息をつき、隊長が身体を起こす。
差し出された手をとり、私も隣に立ち上がった。

「・・・すみませんでした。」

今日の任務は護衛だったのに。
動揺して、動けなくて。
私が守られてしまった。

「まだ買い物行けるか?」
「・・・はいっ」

隊長の大きな手が、私の頭をガシガシと撫でる。

その後買い物が終わるまで、私たちが襲われることはなかった。









買い物を終えレセップスに戻り、隊長の部屋へと入る。
部屋の中では、私たちの帰りを見越してか、アイシャさんがちょうどコーヒーを淹れる準備をしているところだった。

買い込んだ物たちで、机の上はすぐにいっぱいになる。

「ご苦労様。コーヒーでもどうだい?」
「いえ、私は・・・」
「もう3人分のカップ準備してあるわよ。」

すかさず、アイシャさんがカップを私に見せる。

「じゃぁ・・お言葉に甘えて、1杯だけ。」
「よし。そこに、座っていてくれ」

促され、隊長の席に向かい合うように座った。
隊長が今日買ってきたてのコーヒー豆をアイシャさんに手渡す。
すぐに挽き立てコーヒーのいい香りが、部屋に広がった。

その香りをかいで、昼間のコーヒー店を出てからの光景が蘇る。

「人を殺したのは、初めてか?」

私の表情から、それを察したのだろう。
隊長が私の目を見つめる。

”殺した”

その言葉が、胸にズンと響く。

「は・・い」
「そうか」

隊長はそのまま何も言わず、アイシャさんからマグカップを受け取った。

ことり、とマグカップが目の前に置かれる。

「さぁ、飲んでくれ。」
「いただきます」

隊長がマグカップに口をつけたのを確認し、私もコーヒーを口に運ぶ。

暖かな黒い液体が
喉を通って落ちる。

落ちる。

落ちていく。



『コンコン』

隊長の部屋のドアがノックされた音で、意識が引き戻された。
誰かが来たのなら、と立ち上がろうとする私を隊長は「きっとダコスタくんだから」と制した。
アイシャさんも隣で微笑み頷いている。

「どうぞ」

隊長の返答とともに、扉の開く音がした。

「失礼します。隊長ご報告が」
「ディア・・・っ」
「はい?」

ディアッカ、じゃ、ない。
思わず立ち上がり振り返った先にいたのは、遠くから見たことのあるダコスタさんだった。
こんなにも、声がディアッカに似てたなんて。
知ったのが今じゃなければ、嬉しかったかもしれない。
ディアッカにも、間違いなく報告しただろう。

でも今は、この声は聞きたくなかった。
こらえていたものが、もう

「す、すみません。私、失礼しますっ」
「ちょっ・・・泣い・・えぇっ!?」

これ以上は限界だった。
驚いているダコスタさんの前を通り過ぎ、一人になれる空間を探す。

自分の部屋は、だめだ。
遠すぎる。

あそこなら・・・

レセップスに乗った初日、夕焼けを見たあの場所を目指す。

誰もいませんように。
そう願いながら開いた扉の向こうには、もう陽の沈みきった、静かな夜が広がっていた。

「ふ・・っ・・」

こらえろ。泣くんじゃない。
軍人が、こんなことで。

頭を降って、浮かんでくる光景を振り払う。

それでも何度も何度も浮かぶ。

爆弾のピンを抜こうとしたあの人は、私が一番最初に利き腕を打った人だった。
私が最初にあの人を殺さなかった、そのことが
あの場にいた関係のない人たちを命の危険にさらした。

でも、それでも

私は殺したくなった。

何かを守ろうと戦っているはずの、あの人を。

そして、きっと帰りを待つ人がいるであろう、あの人を。



「失礼しまーす・・・」
「・・・っ!」

ディアッカと同じ声が、扉を開け、外へと出てくる。

やめて、やめて、やめて。
今は、その声は私の気持ちを緩めてしまうから。
こらえきれなく、なってしまう。

「なん・・で」
「いやー、アイシャさんが行ってあげて、と・・・。」

アイシャさんの、優しい瞳が浮かぶ。
何も言わなくても、アイシャさんにはきっとわかってしまったのだろう。
私が泣きたいことも。
ダコスタさんの声が、張りつめた気持ちを崩してしまうことも。

「ちょ・・っ・・えっと・・俺はどうすれば・・」
一度崩壊してしまった涙腺は、再び閉じる方法がわからない。

ダコスタさんが、困った顔で頭をかいている。

「ごめんなさい。」
袖で拭いても、拭いても、涙は一向に止まる気配がない。
痛いくらいにこすり続けていると、ダコスタさんの両手が私の腕を掴んだ。

「隊長から今日の話は聞きました。あなたがどういう方なのかも、前々から聞いています。」
俯いた頭の上から、降ってくるディアッカの声。

「今日だけですよ。泣くのは。」
「・・・はい。」

ゆっくりと顔を上げると、ダコスタさんは、少し困った顔で、でも優しい笑みを浮かべていた。

ねぇディアッカ

ちょっとだけ、甘えても、いいかな

「お願いが・・あります。」
「なんでしょう。」

ダコスタさんなら、私のわがままを許してくれる気がした。

「”大丈夫だ。おまえはそんなに弱くない”って・・・言ってもらえませんか?」
「・・・いいですよ。」

ダコスタさんの返事を確認し、目を閉じる。
頭の上に、ダコスタさんの手が乗せられた。

「大丈夫。あなたはそんなに弱くありません。」

配属前日の、ディアッカの声が、頭の中でシンクロした。
首元のネックレスへと、手を伸ばす。

”大丈夫だ。おまえはそんなに弱くない”

服の下に、確かにそこに、ある。

「ありがとう、ございます。もう大丈夫です。」
「これくらいお安い御用ですよ。」

いつの間にか止まった涙。

目元に残っていた最後の一滴を、ダコスタさんは優しく拭ってくれた。










***あとがき***

声が一緒だから、絶対にこのシーン書くんだと、決めておりました・・・!


2019.07.03


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