針は重なり絡まり

「めぐ…はぁ……」
「よ〜し、こうなったらこちょこちょでもしてやるか」
「それは可哀想じゃ……。でもまぁ……。仕方ないか」

あれ、これは会話の流れがよろしくないような?場の空気が変わったのを肌に感じ取った刹那、脇腹に襲い掛かる感覚に、驚いて思わず飛び起きる。

「う…うわあああああああああ!?!」

部屋に光ちゃんの悲鳴が響きわたる。突然起き上がった私をみてよほど驚いたのか、化け物でも見たかのような目をしてこちらを見つめていた光ちゃんと目が合う。それに少し遠くでくつろいでいた影浦先輩がぎょっとした顔でこちらを勢いよく振り向いた。いつもは鋭い目も今ではまん丸に見開かれて、ぽかんと開いた口からは八重歯が見える。あんな顔できたんだ、なんて呑気に感心していれば頭にこつんと衝撃が走った。

「突然起き上がるな、馬鹿!!」
「ご、ごめんなさい」

衝撃に反射的に頭を抑えるがそんなに痛くない。光ちゃん、どうやら加減してくれたようだ。しかし光ちゃんの表情は見るからに怒っていて、怒りからなのか叫んでしまったことが恥ずかしかったのか、頬が若干赤い。

「おい、めぐ!!起きるなら起きるって予告してから起きろよ!」
「光ちゃん、それはちょっと難しいんじゃ」
「ゾエは黙ってろ」
「はい」

すると、どこか見覚えのあるような外着が腹部あたりに落ちているのに気づいた。おそらく先ほど手で感触を確かめた、私の上半身を顔面事覆い隠していたものであろうそれは、私が起き上がった拍子に剥がれたのか、すっかり裏返ってしまっていた。

「ひ……光ちゃんごめん」
「もう、しょうがねぇなあ」
「あれゾエさんと対応違くない?ゾエさんには厳しくない?」
「うるさい」
「ごめんなさい」
「許さねえ」
「ほら!ほら!!」

そんな様子を見て、大したことは起きていないと察した影浦先輩。すっと立ち上がり、「先行くわ」とだけ残して作戦室を出ていく。それでも止まることなくゾエさんと光ちゃんが仲良さそうに話しているのを、ユズルは横目に見ながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「ほら、今日防衛任務でしょ」
「あっ、そうだった」

なるほど、だからみんな集まって私が起きるのを待っていたのか。ハッとし手から即座に身体中のポケットの中に手を突っ込んで、トリガーを探すが、それは困ったことにどこにもない。これ以上待たせてはいけないと焦燥感を募らせながら、誰かの上着を抱えて自身のカバン目掛け飛びつこうとした時。ふと、ユズルから見慣れたトリガーが差し出される。

「早く準備して、いくよ」
「あれ、ユズル……なんで」
「机の上に置きっぱだった」

それは私のトリガーだった。「作戦室とはいえ、ちょっとは用心してよね」ぶっきらぼうな台詞とともに託されたそれを受け取ってありがとう、と返せばユズルはポーカーフェイスのまま、ぷいと顔を背ける。一見、その態度は不機嫌そうに見えるが、問題ない。これが彼の通常運転だからだ。私の弟弟子でもある彼のことは、他の人達よりも詳しい自信がある。貰ったトリガーを見つめながら、その見事なツンデレぶりに日常感を覚え密に安堵する。できた弟弟子の面倒みのよさといい、用意周到なさまといい、つくづくユズルには頭が上がらない。

「ほら、行くよ」
「うん!」

振り返り私を待つユズルに続くべく出口へ向かおうと足を踏み出したとき、はたと誰かの上着を持っていることを思い出す。あれ、そういえばこれ、どうすればいいんだろう。ふと足を止めてゾエさんとユズルを交互に見る。見た感じ男物っぽいしあるとすればどちらかのかものだと思うけれど…。でもゾエさんにしては小さいし、ユズルにしては大きいような見たことないような……。

「……それカゲさんのだから」

私の様子をみて察したのか、すました顔のユズルの台詞に思わず動きをとめた。え、今なんて……。

「影…さん?」
「うん」
「影浦さん?」
「そう、カゲさん」

どうやら空耳ではなかったらしい。信じられないと上着を凝視していれば、私の困惑などお構い無しに「そこらへんに置いとけば」とだけ言い残して部屋を出ようとするユズル。あの影浦先輩がまさか……。意外過ぎて、かけてくれるところを想像できないというか、寝ているところを見られて恥ずかしいというか……。考えることはたくさんあるのだが、このままではユズルに置いていかれてしまう。出来るだけ丁寧にたたんでソファに置き、駆け足で遠ざかる後姿を追いかける。

「待ってユズル!」
「早くしないとカゲさん先行っちゃう」
「わかった」

後ろで「ゾエさんを置いていかないでー!?」と叫びが聞こえたが、光ちゃんが「早くしろ」と怒鳴っているので、すぐ追いかけて来るだろう。今までなら踵を返して即座に迎えに行っていたが、今回は気にせず速足なユズルを追いかける。ようやくゾエさんがいじられキャラだということを理解してきた今日この頃。後ろで「あれぇめぐちゃん!?」なんて私の変化した対応に驚いている声が聞こえて、ついに今、そのいじりに参加できたことに思わず嬉しくなる。完全なる自己満足なのだが、この隊にちょっと馴染めた気がしてすごく良い気分だ。真っ白の通路を超えてガラスが隣に現れる。そこに自分の姿が反射していて、目が合った自分は口角がだらしなく緩んでいた。その間抜けな顔に小さく笑いをこぼした。
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