深夜、ペリカンタウンの住人たちが夢の世界へと旅立つ時間。
夜行性ではない人間にとってこの時間まで起きている理由は皆無であり、本来であれば疲れを癒やす為にも早く眠るべきなのだろう。一人暮らしをしていた頃の私は仕事が忙しいとはいえもっと規則正しい生活を心がけていたように思う。
「君はまだ寝ないのかい」
「もう少ししたら休むよ」
同居人であるクロバスの言葉にそう返して私は空を見上げた。大きくまるい月が私たちを照らす。どうやら今日は満月だったらしい。
私とクロバスは違う種族のいきものだ。人間である私は朝、目を覚まして明るい時間に活動する。一方モンスターのクロバスは暗くじめじめとした場所を好んでいる。
違う部分が多すぎて、一緒に生活する上での困りごとも多い。それでも一緒に生きようと決めたから、お互いに妥協しあって生活している。そもそもモンスターと人間が手を取り合って生きてゆくなど他者には決して理解してもらえないことだ。
だから私は町の人たちにも家族にも大切なひとが出来たことも、その人と一緒に暮らしていることも伝えていない。万が一にでも私たちにとって大切なこの関係を否定されてしまったら耐えられないと思う。
「私はね、君と一秒でも長く一緒にいたいんだよ」
日中は二人で堂々と出かけることも出来ない。来客があるかもしれないからと家の中でもクロバスにはあまり目立たないところにいてもらうことも多い。
クロバス自身は元々下水道に住んでいたし大切にされているのも分かっているから気にしていないと言うけれど、流石に私のほうが気にする。モンスターである彼にはきっと人間の私には想像も出来ないような不便を強いてしまっているだろう。
私は祖父から引き継いだ農場の仕事を続けているし生活環境にそこまで変化はないけれど、もしもクロバスに合わせて今日から下水道で生活しろなどと言われたら難しいだろうと思う。人間の体は日の当たらないじめっとした不衛生な環境で何の問題もなく生きられるように作られていない。
「僕も君ともっと一緒にいたいと思ってる。普段はそれがむずかしいことだと分かってるけど……」
「人間の生態や私の仕事について理解があるのは助かるけど、もっとわがままを言ってくれてもいいんだけどな。君の望みなら私は最優先したいと思ってるし」
「君を困らせたいと思っているわけじゃないんだ」
「うん、知ってる。君が人間である私にも優しくしてくれたから、君のことが好きになったんだもの」
もしも彼が人間だからと警戒して私相手に商売をしないタイプであれば、仕方ないと納得はするけれども彼を同居人として自宅に迎え入れるほど好ましい感情を抱くこともなかっただろう。
「ほら、クロバス。今日はいつもより月が綺麗だよ」
「君は月が好きなのかい?」
「うーん、どうだろう。綺麗だなとは思うけど、普段は忙しくてあんまり月を見上げるようなことはないかも」
ペリカンタウンへやってくる前は今より精神的に余裕がない日々を送っていたし、農場を継いでからは畑仕事や動物たちの世話をしているうちに日が暮れていることも多い。
疲れてそのまま泥のように眠ってしまって夜空を見上げるようなことは殆どない気がする。普段から意識して生活していなくとも空に浮かぶ月を嫌いだという人間は滅多にいないとは思うけれど。
「でもクロバスと二人でゆっくりと月を眺める時間は好き。幸せな気持ちになれるから」
「僕も、この時間は好きだよ」
——本当は、ずっとこうしていたいくらい。
そんなことは言えないまま、けれども私たちはこの時間が一秒でも長く続くことを願っている。