あなたが望む、その日まで

 吸血鬼として生まれ落ちた以上、喉の渇きと吸血への衝動はどう足掻いても切り離せないものだ。
 幸いというべきかディトリッシュは吸血鬼の血を引いているもののその身を流れる血の半分は人間のものである。吸血鬼である父と人間である母との間に生まれた吸血鬼。そのお陰で本来なら吸血鬼が苦手としている日光も克服しているし、血を強く求めてしまう衝動も一年に一度で済んでいた。


 王女の傷ひとつない白い指先にナイフがそっと押しつけられる。ぷつ、と肌に切れ目が入り傷口から血が滲む。
 もう何度目かも分からない行為である。深々と切っているわけではないがそれでも傷跡が残らないように、とヴィンフリートとエクレールが効能の高い薬を探してきてくれているお陰か痛みも後遺症もなく完治している。
 ——最初はたった一滴の血で本当に足りるのか、と心配にもなったが少なくともフィーリアの血を口にした直後のディトリッシュは体調が回復しているように見えた。

「……ああ、感謝の念に堪えません」
「ディトリッシュ、もっと気軽に頼ってくれてもいいのよ。あなたは私の騎士だもの。いつだって助けになりたいのよ」
「いえ、大切な御身にこれ以上傷をつけるなど」

 フィーリアの首筋に牙を突き立てる——などということは絶対に出来ない以上、他に方法もないのだが本当ならば彼女から血を啜ることすらしたくはない。
 吸血への強い衝動を打ち明けたときもフィーリアが望むのならばロザーンジュを出て行き二度と彼女の前に現れないつもりだった。だがフィーリアはディトリッシュを突き放すことはせず自分の血を与えると迷うことなく言ってのけた。

「……でも、血が欲しかったのでしょう?」
「それは、」
「私はディトリッシュが望むことをしてあげたいと思っているし、血の一滴であなたが楽になれるのならば躊躇いはないわ」
「私が、嫌なのです。貴女は騎士王の末裔、本来ならば私のような闇の者の為に御身を犠牲にすべきではない」

 何より、フィーリアの厚意に甘え続けているといつか飢えた獣のように貪欲に彼女の血を求めてしまうのではないかと思うと恐ろしいのだ、なんて本人に言えやしないのだが。
 この試練が終わりフィーリアが勝利した暁には彼女はターブルロンドの女王として善き国を作ってゆく立場の人だ。そんな人に、個人的に何かを望むなど——許される筈がない。