時間の感覚さえも失いそうな牢の中で、その男はただ思案していた。


 サンドロックの牧師、ミゲルが捕らえられて暫く。様々なトラブルに見舞われていた町も漸く落ち着きを取り戻しつつある。
 ミゲルと同じ牢に入っていたペンとヤンは既にこの町にはいない。彼らは別の場所で然るべき罰を受けるのだろう。そしてミゲルもまた、彼らのように裁かれるのを待つ立場だった。
 罪人であるミゲルに面会に訪れる者など殆どいない。民兵団のジャスティスとアンスールから尋問を受けていたこともあったがもう聞き出したい情報は全て得たという判断なのか今は尋問されることもなくなっていた。
 今となっては毎日のようにミゲルに会いに来る者も限られている。

「ミゲル、今日も会いに来たよ」
「……ユズリハか」

 にこにこと笑みを浮かべながら民兵団のドアを開けて入ってくる女にミゲルは視線を投げた。
 ユズリハ。ある日このサンドロックにやってきて、あっという間にビルダーとして頭角を現した人間だ。今ではサンドロックの発展に不可欠であり、誰からも頼られるような存在。
 ミゲルとユズリハは特別な間柄だったわけではない。同じ町で生活する住民同士であること以外に関わりはなく、顔を合わせたときに挨拶をすることはあったけれどその程度の関係だった。友人とも呼べないような薄い繋がりだ。
 ユズリハはミゲルの好きな食べ物も趣味も知らないし、ミゲルもユズリハが仕事以外にどんなことをしているのかも知らなかった。お互いに、知る気もなかったのかもしれない。
 これまで碌に話したこともないような関係だったというのに、最近になってユズリハは毎日ミゲルのもとへ訪れるようになった。ミゲルが牧師として活動していた頃なんて、他の誰かに用があるとき以外は教会に立ち寄ることすらなかったのにどのような心境の変化があったというのか。

「ミゲルは知らないかもしれないけど昨日はすごい砂嵐だったんだよ」
「……いや、ここからでも風の音は聞こえていたし、何より他でもない君が砂まみれでやってきただろう」
「ああ、うん。砂嵐対策はしてるつもりなんだけどやっぱりしっかりした防護服とか着ないと心許ないよね」
「そもそも危険を冒してまでやってくるのはあまり感心出来ることではないが……。砂嵐が危険なものだということはユズリハも理解しているのだろう?」

 ごうごうと風が吹き荒れ、店の看板か何かが転がるような音は外を知る術のないミゲルの耳にも届いていた。
 砂嵐がサンドロックを襲っているらしいことはすぐに理解できたし、もしも自分が罪人でなければ今頃は教会の仕事をしながら外には出ずに嵐が過ぎ去るのを待っていただろうなんて考えていた。
 そんな荒れ狂う天気の中で砂にまみれたユズリハがやってきたものだからミゲルはひどく驚いた。
 ユズリハが危険を冒してまで民兵団にやってくる理由は——彼女は一応民兵団の一員でもあるのだから全くないとまでは言わないけれど、砂嵐の中でユズリハを呼び出すほど緊急性の高い仕事があるのならば民兵団は朝からもっと慌ただしかった筈だし、ジャスティスもアンスールも不在の民兵団に彼女が仕事の為に訪れることはないだろう。
 ミゲルに会いに来たんだ、と彼女がなんでもないかのように言うものだから流石に少し呆れてしまった。

「私、ミゲルがこの町にいてくれる限りは毎日会いに行くって決めたから」
「……正直、私と君は特別親しいとは言い難いと思う。友人でも恋人でも、家族でもない相手に危険を冒してまで会いに行く理由が分からないな」
「まあ、本音を言うと前はミゲルのことちょっと苦手だったんだけど……でも私はミゲルのことを何も知らなかったんだって気付いたから。今は君と友達になりたいと思ってる」

 変わっている、とミゲルは思う。
 第一ミゲルとユズリハは年齢も離れているし、共通の話題なんて殆どないだろう。恐らくユズリハよりも彼女の両親のほうがミゲルと年齢も近い筈だ。

「それより、今日は大きな仕事が入ったんだよ。アタラのほうから依頼された仕事らしいんだけど、一人だと大変な量になるからミアンと分担しながら作ることになって」
「それは君がビルダーとして評価されている証拠だな」
「そういう風に言ってもらえるのは嬉しいな。子供の頃からずっとビルダーに憧れていたから。トルーディとウェイからこの仕事の話を聞いたときは少し驚いたけど……」

 これから必要な素材を集めに行くのだと語るユズリハはいつもより晴れやかな表情をしていた。

「この仕事が無事に終わったらオーウェンが料理をご馳走してくれるんだって。彼の料理はいつも美味しいから楽しみ」

 近況報告を終え満足したのか「また来るからね」と言い残したユズリハはバタバタと駆けていった。
 いつものことだ。自分の伝えたいことを好きに語り、満足したら仕事に戻る。また来るという言葉の通りにきっと明日もやってくるのだろう。ミゲルの今後の扱いが決まるその時まで、殆ど毎日のように。
 今では好んでミゲルに会いに来て言葉を交わす人間などバージェス以外にはユズリハくらいのものだ。彼女も決して暇なわけではないだろうに、とも思うがミゲルも密かにユズリハと話す僅かな時間を楽しみにしていた。