「ミゲルはさ、何となくだけど少し変わったよね」
「……突然そう言われても自覚はないが」
「悪い意味じゃなくて……初めて会ったときはもう少し近寄りがたい印象だった気がする。まあ私が勝手にミゲルとの間に壁を作っていただけなのかもしれないけど」
ビルダーとしてサンドロックにやってきたユズリハがミゲルに抱いた第一印象は「自分にも他人にも厳しそうな人」だった。
これまで身近にいた大人の男性——父親や学生時代の恩師などにはいなかったタイプ。正直に言えば出来ればあまり関わりたくはないと思っていた。そうしてミゲルという一人の人間との間に分厚い壁を作って、知ることを拒んでいたのかもしれないと気付いたのは最近になってからの話。
何もかもが遅すぎたと思う半面、このタイミングだからこそ歩み寄ってみようと思えた気もする。
「ミゲルが私のことをどう思ってくれているのかは分からないけど、少なくとも私は今のミゲルのこと好きだよ。毎日会いに来る私のことを邪険に扱ったりもしないし」
——ミゲルは決して許されないことをしたのかもしれない。サンドロックの住人の中にも、未だにミゲルがこの町に収容されていることに対して恐怖を感じている人がいてもおかしくはない。
だが、当然ながらユズリハはミゲルという男の人となりを何も知らずにいた頃よりも今のほうが彼に親しみを抱いている。ミゲルの犯した罪を考えると彼がこのまま釈放され自由の身になるのは難しいと理解しているけれど、出来ることならば彼にやり直す機会が与えられてほしいと願ってしまうほど。
「バージェスと君くらいだからな。こんなところまで会いに来るのは」
「ミゲルと話してるの、案外楽しいからね。息抜きにもなるし……殆ど私が一方的に話してるだけだから、ミゲルは退屈かもしれないけど」
「……いや、君との会話は良い刺激になる。無論、一人で考えを巡らせたいときもあるが……」
昨日の夕飯がいつもより美味しかった、なんて本当に些細な報告を受けたときには流石に反応に困ったこともあったがとミゲルは内心苦笑する。
ユズリハが毎日来るようになってからというもの、この場所はどこか賑やかだ。見張りのつもりなのか時折やってくるジャスティスやアンスールとはこのように落ち着いて会話することもない。昨日の夕飯の話なんて尚更だ。
同じく頻繁に此処まで来るバージェスもよく喋るほうではあるが彼との会話はユズリハとのやりとりと比べると実のある話が多いような気がする。
「ジャスティスもアンスールも、私のこと信頼してくれてるんだろうね。私に邪心があればここからミゲルを連れ出して逃げる可能性だってあるのに、二人きりで会っても何も言わないし」
「…………ユズリハ、」
「冗談だよ。私もこれでも民兵団の一員だし、ミゲルにはきちんと罪を償ってほしいと思ってるし。私を信頼してくれている人たちを裏切りたくもないからね。償いを終えたその時は改めて今までの自分たちには出来なかった関係を築きたいと思ってるけど」
ユズリハの物騒な発言を聞いて思わず眉間に皺を寄せるミゲルにユズリハは肩を竦めた。こういうところが妙に真面目で、だからこそ好ましい。
ビルダーとしての技術を駆使すれば鉄格子を壊す道具を作ることは難しくないと思うしユズリハは戦闘の腕にも少々自信がある。流石にジャスティスとアンスール、それからローガン辺りにも加勢されたら厳しいけれど多少の荒ごとならどうにでもなる。
それをしないのはユズリハ自身がミゲルには逃げるのではなく自らの罪と向き合ってほしいと願っているからだ。そして何より、ミゲルが逃亡を望んではいない。
「でもこの牢の中って衛生的にもあんまり良くなさそうだしずっと閉じこもってるのも絶対に健康に悪いし、許してもらえるなら一時的にでもミゲルを連れ出したいのは本当」
罪を償わせる前に罪人を死なせるわけにもいかないから一応最低限の環境は保たれているのだろうけれど、自分だったら牢の中での生活なんてきっと三日も続けられない、と。
当然ながらユズリハに罪人として収監される予定はないのだが、そんなことを考える。
牢の中でも快適に過ごせるような環境だとそれはそれで劣悪な環境で生きている人がより良い環境を求めて道を踏み外してしまうこともあるかもしれないと納得はしているのだけれど。
「君がそこまで気にかける必要はないと思うが……」
「自分が好ましく思っている相手を気にかけるのに理由が必要?」
ユズリハが口もとに笑みを刻みそう返すとミゲルはそれきり無言になった。
獄中のミゲルから自身の処遇が決まったのだという手紙が届いたのはそれから数日後のことだった。
彼が罪人として捕らわれてから既に季節が変わるほどの時間が経過している。ペンとヤンはもうずっと前に刑が確定してサンドロックを去っていることを思えばミゲルは遅すぎるくらいだ。
ミゲルは大きな罪を犯している。それは簡単に許されるようなものではなく、法による裁きは必要なのだろうと思う。極刑、なんてことはないとは思うが場合によってはその命が尽きるときまで冷たい牢の中で過ごすことになるのだろう、と。
ユズリハもそろそろミゲルの今後が決まるのではと覚悟はしていたけれど、本人から手紙が届いたことには流石に驚いた。
「…………よし」
自身に何も知らされないままミゲルがどこか遠くへと連れて行かれてしまったら——その時はユズリハも潔く諦めようと思っていた。
自分たちは家族でもなく、恋人でもなく。ミゲルの罪が明るみになったことで初めて対等に向き合おうと思えただけの関係。せめて今からでも友達になりたいと願ったが、何かひとつでも違っていたら恐らくまだミゲルのことを苦手に思い避けてしまっていただろう。
ミゲルは彼と同じように捕まっていた人たちと同じように他の街へと移送されて、そこで更生を目指すことになるという。移送まではまだ数日の猶予がある。猶予があるならば今のうちにやれることはやってみようと、ミゲルに毎日会いに行こうと決めた日から決意していた。
「何もせずに一生後悔することだけは嫌だからね」
ユズリハは小さく息を吐く。今となってはどうして自分がミゲルの為にここまでしようと思うのか、分からなかった。