サンドロックの人々にとって、ミゲルは犯罪者である。どんな事情があったにせよ彼のしてきたことを許せない人はいるだろうし、ミゲルが同じ町で生活することへの反発もあるだろう。
教会の優しい顔はマチルダで、厳しいほうの顔がミゲルだと。そんな風に言っていたのは彼自身だっただろうか。あの頃は同じ町で暮らしているだけの他人同然だったから深く考えたこともなかったけれど、もしかしたら自分にも他人にも厳しいミゲルを苦手に思う人は多かったのかもしれない。
だとしたら罪人であるミゲルを町は余計に受け入れないかもしれないな、とユズリハは苦笑する。寂しい話ではあるけれど、受け入れられない人がいても彼らの心情が理解できないわけではない。
ミゲルはアタラに連行されてそこで罪を償うことになる——という決定は本来ならば覆されることのないものだった。
その決定を変えさせたのはバージェスが町長のトルーディに必死に訴えたからで、ユズリハもほんの少しだけそれを手伝った。
元々ユズリハも同じことをするつもりだったけれど、バージェスがトルーディと交渉するようだったから余計な手出しはせずに彼が言い淀んだり他の人の意見を求められたなら手を貸そうと決めた。トルーディも、いきなり二人がかりで説得されても困ってしまうだろうという判断でもある。
罪人であるミゲルの釈放は容易な決断ではない。人の心は目に見えないものだし、今の彼はもう二度と過ちを犯さないなどと誰が証明出来るだろう。何かあったときにはバージェスが全責任を負うという条件付きで渋々ながらも釈放を許可したトルーディには感謝してもしきれない。
「正直、トルーディがミゲルの釈放を許してくれて驚いた」
「個人的には釈放に反対だし今も不安はあるけれど……ユズリハとバージェスの言葉を信じたのよ」
「……今のミゲルは信用に値する人だと思ってる。彼の罪を思えばミゲルを信じてあげてほしい、なんて簡単には言えないけれど。何かあったときは私も責任を取るよ」
時間はかかるだろう。しかし釈放されたミゲルが態度で示し続ければ、いつかはサンドロックの人々も彼の変化に気付き自然と受け入れてくれるようになる筈だ。
——何処か遠くでサンドロックの人々とは一切関わらずに償いの日々を送るのではなく、この町で生きていくことが彼にとって一番の償いにもなるのではないか。そのような考えも少しだけある。
「ねぇ、ユズリハ。ひとつ聞いてもいいかしら」
「私に答えられることであれば」
「これは町長としてではなく、友人としての疑問なのだけどあなたがミゲルに肩入れする理由を知りたいの。ミゲルとは……その、あまり親しいようには見えなかったから」
トルーディの指摘にユズリハは思わず笑みをこぼした。
薄々そんな気はしていたけれど、どうやら第三者の目から見ても自分たちは親しい関係には見えなかったらしい。もうこの町にはいないペンも今の自分たちの関係を知ったら驚くのではないだろうか。
「説明が難しいんだけどね、私はミゲルのことを知ろうともしてなかったんだなぁって自覚するきっかけがあって。それで色々話してみたんだけど、人間って変わるものだね。あんなに避けていたミゲルの良いところにも気付けたし、いつのまにか好ましく思うようになってた」
「…………そう。とてもあなたらしいと思うわ」
「でも、私が彼を好ましく思っているからミゲルを釈放してほしかったわけじゃないよ」
無論、ミゲルは変わったしもう道を踏み外すようなことはしないと思っている。
流石に反省の色が見えずまた過ちを犯しそうな人間を此方の感情で釈放してほしいなどと言い出すほど愚かではないつもりだ。
「ミゲルにはただこの町で自分の罪と向き合ってほしかった。償いを、というのなら更生施設のような場所に送られるのではなくサンドロックの為になることをしてほしい」
ああでも、とユズリハは付け加える。
「そもそもミゲルを知ろうと思わなければこの町で償ってほしいとは思わなかっただろうし、ミゲルを好きだから釈放してほしかったというのも間違いではないのかな」
償いの先で、ミゲルには幸せになってほしいとも思う。
ミゲルと友達になりたいと望んだ自分が隣にいることを許してもらえるのかは分からないけれど。
「ミゲルはきっとこの町に必要な人だよ、トルーディ」
心配しないで、なんて言えないけれどどれだけ時間がかかったとしてもサンドロックの町がミゲルの存在を自然に受け入れられるようになればいい。
今の彼ならばただ誠実に生きているだけで町の人たちの不安や警戒心もやがて薄れていくだろうと思っている。
数日後。ミゲルは無事に釈放された。
トルーディはやはり不安を拭いきれないようだったけれど、町長という立場である以上仕方のないことだろう。彼女にはサンドロックを守る責任があるし、自分の判断が原因で町が大きなトラブルに見舞われたなんてことがあればその立場を追われることにもなる筈だ。
住民の中にもミゲルの釈放を疑問視する人は存在する——というのは風の噂で聞いたことだ。それが事実なのか単なる噂なのか、事実だったとして誰がそんな風に思っているのか。ユズリハには知る由もない。
「ミゲルがいない間、サンドロックは少しずつだけど変わり始めたよ。もしかしたら近い将来、緑豊かな土地に生まれ変わるかもしれないと希望を持てる程度には」
不毛の地だったサンドロックで植物を育てられるようにする為の研究は今も続けられているし、いくつか成果もある。
砂嵐に悩まされ、作物すらなかなか育てられず、水さえも貴重なサンドロックで生きていくのは無理だと判断して他の町に移住を決意する住民も決して珍しいものではなかったが、草木が生い茂る町になれば別の町からの移住者も増えてくるだろう。
「まあ、簡単なことではないんだけどね。相変わらず失敗も多いし……それでもみんな諦めないから、前より良くなってるかな」
「……そうか」
「私も最近は色々と作物を育ててみたり。前にもやってたんだけどあの時はまだビルダーとしての仕事が軌道に乗ってなかったし」
収穫したサンドライスで料理をするのも楽しいから、とユズリハは笑う。
「ミゲルは植物について私より詳しそうだよね」
「確かに教会に種を蒔くことはあったが……」
「私も故郷では植物を育てたことあるんだけど、サンドロックとは環境が違うからあんまり参考にならないんだよね」
サンドロックの土は基本的に植物を育てるのに向いていないし、最初の頃は藁で囲いを作りそこに種を植えていた。そうしなければすぐに駄目になってしまうのだとか。
少なくとも故郷では囲いを作らなくても植物はすくすくと育っていた筈だ。砂漠にあるこの町は日中こそ肌が灼けるような暑さだが、夜になると凍えるような寒さになる。その極端な気温差も植物が生きていくには不向きな環境なのだろう。
「君が戻ってきたら一緒にやりたいことがたくさんあったんだ。植物を育てるのもそのひとつ。他にもご飯を食べに行ったり……ミゲルとは今まで一緒に出かけたことなかったからね」
「……ユズリハ、君はどうしてそこまで私に構うんだ?」
「前にも言ったでしょう、君と友達になりたいって。友達になるのに年齢も性別も立場も関係ないと思ってるし」
——これから関係を築くことだって出来るでしょう。
それが、これまで知ろうともしなかった相手とやり直す為の自らの選択だ。