ブルースター

*レムナンの恋愛イベントが発生した次のループの女主人公


「……好き、です」

 レムナンの、そんな声が聞こえた気がした。

*

 私が目を覚ましたのは見慣れた部屋のベッドの上だった。
 この船で私が過ごすにあたり、私に宛てがわれた部屋だ。もう何度目のループになるのか覚えていない。この部屋で朝を迎えたことも数え切れないほどあるし、逆に朝を迎えることなく消えていったことも数えきれないほどある。
 どうやらまたループしたらしい。目覚める直前に聞こえたレムナンの小さな告白は、夢だったのだろうか。
 ——否、あれが夢である筈がない。前回のループで私は疑われていたレムナンを庇いレムナンはそんな私にある程度心を許してくれて、共に生き残った。
 あのループで私はレムナンに対して特別な感情を抱いていた。それが所謂恋であったのか、今となっては定かではないけれど。
 ……あの宇宙に残ったレムナンはどうしているのだろう。今では知る由もないけれど、彼にとっての傷になってしまっていたら申し訳ないと思う。
 私は重い体を起こした。そろそろ話し合いが始まる時間だ。行かなければ、自分が怪しまれて冷凍されてしまうだろう。


「ユズリハさん、です……僕が怪しいと思うのは」

 初日の話し合いが終わる直前。今まであまり積極的に議論に参加することなく、疑いを向けられたときだけ反論していたレムナンが突然こちらに刃を向けた。
 ……疑われることには慣れている。議論に慣れていない頃は誰を怪しめばいいのか分からずにオロオロしていたし、その結果私が疑われてコールドスリープが決定したという経験も何度かあった。
 私のことを怪しんだのはラキオだったこともあるし、ジナだったこともある。レムナンに疑われたのも初めてではない。
 それなのに胸の奥が一瞬だけ痛んだのは前のループでのレムナンとの出来事を引きずっているからなのかもしれない。

「……レムナンから見た私は怪しいんだね」

 何とかそれだけを絞り出すのが精一杯だった。


 初日の投票では私はコールドスリープになることもなく、何とか生き延びた。
 冷凍されたひとがグノーシアだったのか、グノーシアに贄として差し出された人間だったのかは明日になるまで分からない。私は次の日も生き延びて、疑わしいひとをコールドスリープしていかねばならない。

「……あ、レムナン」
「ユズリハ、さん……」

 夜。誰かと会話して疑わしい相手を推理しようと船内を探索していたところ、レムナンと目が合った。
 彼は私の声にびくりと肩を揺らし、反射的に目を逸らす。
 私のことをグノーシアではないかと疑っている、というのも理由のひとつなのだろうが、彼の場合は元々コミュニケーションがあまり得意ではないというのも大きいのだろう。
 何度かループを繰り返して得た特記事項によればレムナンは今まで相当苦労してきたらしい。人間不信になってしまったとしてもおかしくない程度には。少なくとも私が彼と同じような境遇にいたのなら壊れてしまっていると思う。
 正直、私と目が合った瞬間逃げ出さなかっただけ多少疑っていても突き放すほどではないと認識してくれているのだろうか、なんて都合よく考えてしまう。

「レムナン。私と君、味方同士だといいね」
「……そう、ですね。ユズリハさんが味方だと……心強いと思います」

 本心なのか否かは分からないそんな言葉に少しだけ救われる。
 きっと本当はレムナン一人にここまで肩入れするべきではないのだろう。仮に今回のレムナンがグノーシアだった場合、自分のこの感情はレムナンに都合よく利用されるだけだ。取り返しのつかないことになるのは目に見えている。
 ループする中で実際にグノーシアが手を組んだ人間を利用して自分が有利になるように立ち回る姿は何度も見てきた。

「あ、あの、ユズリハさんはどうして、僕に優しくするんですか。い、いえ、嫌なわけじゃなくて……その……ごめんなさい……!」

 怯えたような顔をして頭を下げたレムナンに戸惑ってしまう。彼に優しくするのは確かに前回のループのことがないとは言い切れないが、現時点で疑わしい情報も特になく、怪しくないのならば敢えて嫌ったりコールドスリープさせようとする必要もないと考えているからだ。
 甘いと言われてしまうかもしれないが疑わしい情報もない相手のことを四六時中疑って過ごすのは心が疲弊してしまう。
 だから私は私の目で見て怪しく見えなかったレムナンが疑われていたら庇うし彼から疑いを向けられたとしてもそれだけを理由にレムナンをコールドスリープさせるつもりもない。
 もしかしたらレムナンは他人から理由もなく優しくされた経験があまりないのだろうか。だとしたら少し寂しく思う。レムナンの過去を詳しく知らない私の勝手な想像でしかないけれど。

「そうだなぁ……レムナンのこと信じてみたいと思ったから、かな」
「ど、どうして……」
「私は君に対して悪い感情を持っていないし、嘘をついているようにも見えなかったから。だから今日はひとまず信じてみたいと思った。この先もずっと信じていられたらいいなと思うよ」

 そんな本心を口にする。
 この宇宙のレムナンが私に好意を寄せることがなかったとしても、仮に嫌われてしまったとしても、一緒に生きていきたいと思う。
 きっと私はグノーシアを全員コールドスリープさせても、グノーシアが船を支配したとしても、またループしてしまうのだろうけれど。

「要するに私はレムナンに対して好意的というだけだよ」

 別の宇宙でも、それは変わらないのかもしれない。