記念すべき——と言ってもいいのか定かではないが、私が経験したループの回数は百回に到達した。前回のループではエンジニアで、早々に自分が本物であることが証明されたこともあり守護天使だったラキオがずっと守ってくれていたお陰で自分が消されてしまうこともなく何とかグノーシアを全員コールドスリープさせることに成功した。
慣れてきたのか最初の頃と比べたら随分と怪しまれることも、襲われることも減った気がする。最初の頃はよほど立ち回りが下手くそだったのか、本物のエンジニアやドクターなのに真っ先にコールドスリープさせられる、なんてこともあった。
今回、初日にコールドスリープが決まったのはしげみちだった。彼は自らエンジニアに名乗り出ていたが、彼が名乗り出た瞬間から勘の鋭いコメットをはじめとした複数の人たちから疑いを向けられていたので嘘を見抜かれたのかもしれない。私には分からなかったけれど、勢いに流されてついしげみちに投票してしまったところだ。
今回はバグもAC主義者もいる筈だからしげみちがグノーシアなのかはまだ確信が持てないし、しげみちに疑いを向けていた人たちが全員グノーシアで結託していただけという可能性も否定は出来ないが。
話し合いを終え、それぞれメインコンソールを後にする。次の空間転移まではまだ時間がある。グノーシアの脅威は続いているとはいえ、空間転移までの自由時間は我々にとっては数少ない心安らぐ時間だ。
シャワーを浴びる者もいれば、食事を楽しむ者もいる。ラキオや夕里子は疲れたからと早々に部屋に戻ってしまった。私はいつもこの時間はギリギリまで船内を探索していた。
特に目的があるわけではないけれど、今回は食堂にでも顔を出してみようか。そう決めて、足早に食堂へ向かう。この時間なら誰かが食事をしているだろうか。
「……ユズリハ?」
「セツ?」
食堂を覗き込むと、そこには一人で食事をしているセツがいた。セツが一人で食堂にいるのは珍しい気がしたから、少し驚いてしまう。
食べているのはラーメンだろうか。そういえばループ回数がまだ少なかった頃にしげみちがラーメンを食べているところを見かけたな、なんてことを思い出した。
食事を楽しんでいる、という雰囲気ではなかったがまあ人が食事をする理由なんて様々だろう。
「セツがこの時間に食堂に一人でいるなんて、珍しいね」
「言われてみればそうかもしれない。私は食料を携帯しているから、食堂に用事もあまりないし」
「軍用レーション、だっけ?」
いつかのループで議論中にSQが始めた雑談の中で、セツがそんなことを言っていたのを思い出す。普段はそれを食べているのだろうか。味は保証できない、とも言っていた気がするけれどセツは慣れているのか味に拘りがないのか。
私も最初こそ食堂で食事をとっていたけれど、どうにもこの食堂の料理は口に合わず、最近は食事の為にこの場所を利用することは減っていた。
とはいえ食べなければお腹は空くので自分の持ち物をガサゴソと漁って見つけた菓子と水で空腹を凌いでいる。
この船に乗る前の自分の記憶は朧げで、どんな仕事をしていたのかも覚えていないくらいだが、何故か食料を持ち込んでいた自分に感謝した。
「さっきまでレーションを食べてたんだけど、急にコメットに誘われてこんなことに……」
「コメット?」
「折角だから一緒にご飯を食べよう、と」
「ああ……なるほど」
「肝心のコメットは用事を思い出したとかで食事を終えてすぐに出て行ってしまったけれどね」
まだ時間には余裕がある。
食事をしているセツの隣に腰を下ろして、ちらりとセツの表情を見る。いつもと変わらない、私の知るセツの顔。
セツはグノーシアではない気がするけれど、これでセツがグノーシアだったとしたらそれでもいいかななんて思ってしまう。
「んー、私も久しぶりに食堂で食べようかな。セツと一緒に食べたいし、まだ時間もあるし」
「え、」
「……迷惑かな?」
「そ、そんなことないけど……寧ろユズリハは私と一緒に食事しても楽しくないんじゃないかと……」
そんなことないのに。
セツがもしもグノーシアだったとしても、乗員だったとしても、私はセツの人柄を尊敬しているし、人としてセツのことが好きだった。
水で口の中を潤し、一息つく。議論の最中はずっと緊張していたから、セツの隣にいるとつい気が抜けてしまう。まだ油断出来る状況ではないけれど、誰かを疑いながら過ごす日々は精神的にとてもきつい。
「……やっぱりここのご飯はもっと味を改善すべきだと思うんだ。栄養を考慮しているのかもしれないが、味がよくないのは本末転倒だし」
「私にはよく分からないが……」
「ジョナス……は駄目な気がするけど、LeViに頼めばどうにか改善出来ないんだろうか」
船長のジョナスは何となく、話を聞いてくれそうな気がしない。船の擬知体LeViなら……と思ったけれどLeViも独特なタイプだ。人間にとって食事がどれほど重要で、味も大事であると理解してくれるだろうか。
尤も、この船に搭乗させてもらえているだけでもありがたいので食事の質にまであまり文句も言えないのだが。
何が含まれているのか定かではない、奇妙な味のするオムライスを口に運んでそれを水で強引に流し込む。腹は膨れるが、この味では心までは満たされそうにないななどと思う。
ああでも、一人でここの食堂を利用しているときは早く完食して部屋に戻りたいと思っていたけれど、今はそうでもない。セツが一緒だから楽しいとさえ思っている。
「——ごちそうさまでした」
「……ユズリハ、食べるの早くない?」
「そう? まあ、ゆっくりしすぎて空間転移のときに慌てて部屋に戻るのも嫌だし」
「それはそうだけど、ちょっと意外」
もっとゆっくり食べるタイプだと思っていた、とセツは苦笑する。
確かに、こんな状況でなければもう少しゆっくり食べていたとは思うけれど、流石にそこまで図太くはない。
「そろそろ戻ろうか、セツ」
「そうだな……。ユズリハ、私は君が味方で、最後まで生き残ることを願うよ」
お互いに、そうであればと願っている。