ある日の朝、ワークショップで作業をしているとバージェスが近くで植物の世話をしている姿が目に入った。
 彼が朝から草木を世話したり水を無駄遣いするサンドロックの住人や観光客を取り締まる姿を見かけることはそう珍しくない。最近はマチルダに代わり町で説教をすることも増えているようで以前よりも忙しそうにしている。
 とはいえ、彼にとっては充実した日々なのか、最初こそ自分が司祭に代わって説教をすることには消極的で緊張もしていたようだけど今はあまり辛そうには見えないしそんなバージェスのことをユズリハは尊敬もしていた。

「おはよ、バージェス」
「ユズリハ、おはようございます! 朝早くからお仕事ですか?」
「うん、ちょっと大きめの仕事があって。必要な部品がいくつか足りないから作ってたところ」

 少し前にポルティアのほうで大きな事件があったと聞いている。具体的な状況は分からないけれどその事件で町が荒れてしまい大変なのだとか。
 サンドロックでもポルティアの支援をして、一応今では町もほぼ正常な状態に戻っているらしいけれど、まだ完全に落ち着きを取り戻したとも言い難い状況だという。事件の発生で傷ついている住民もいるだろうし、当然ではある。
 その時の縁でポルティアの市長、ゲイルから町の為にいくつか作ってほしいものがあると頼まれたのは数日前、。ポルティアも優秀なビルダーを抱えているけれども彼らは他の仕事で手一杯だと聞いた。今回必要としているものはポルティアよりもサンドロックのほうが材料となる素材や遺物が手に入れやすいようだし特に断る理由もない。他に急ぎの仕事もなかったしこの仕事が成功すればポルティアや他の町に今以上にサンドロックの評判が知れ渡るだろうと思い引き受けた。

「バージェスも仕事でしょう? 教会も人手不足で大変なんじゃないかって少し気になってるんだけど」

 ミゲルが釈放されてからはバージェスの負担も減っている筈だが、教会の清掃や説教の準備だけでもかなり大変だと思う。
 ユズリハも光の教会の役割を正しく理解できてはいないけれどあまり住民に知られていない重要な仕事もきっとあるだろう。養子縁組や結婚式も教会の仕事だったような。
 尤も、栄えているとは言い難いサンドロックで養子縁組の手続きや結婚式の頻度はそう高くないだろうが。現にユズリハがサンドロックにやってきてから結婚式が行われているところは一度も見たことがない。新しく家族になる二人がいないのだから養子を迎え入れようとする人もいないだろう。
 町に来たばかりの頃は肌をジリジリと焦がすような日差しと砂しかなかった土地も最近は見違えるほど良くなった。もう何年かすれば観光客や移住者が増えて結婚や養子縁組を希望する人が現れてより発展していくのかもしれない、という期待はあるけれど。

「そういえば、ユズリハはミゲルと結婚する予定だと聞きました」
「あー……うん、今すぐにってわけじゃないんだけどね。お互いに準備は必要だし、私も今の仕事を終わらせるまではちょっと余裕ないし」

 結婚するのであれば当然、家族として一緒に暮らすことになるだろう。ビルダーの仕事を考えると恐らくミゲルがワークショップに引っ越すことになる。
 そうなると自宅も最低でも二人で生活するのに適した大きさに増築する必要があるし、家具なども買い揃えなければならない。
 これまで自分一人で生活するのに困らない程度の広さと最低限の家具さえあればそれでいいと思っていたユズリハは殆ど家を増築したことがなかった。この家にミゲルを呼んで二人で生活するのは無理——とまでは言わないが、流石に窮屈でミゲルにも不自由を強いてしまうことになる。

「ミゲルを釈放するよう二人でお願いしに行ったときはまさかユズリハがミゲルとそのような関係になるなんて思いませんでした」
「それは私もだよ」
「ですが、今は納得しています。知ってますか? ミゲル、以前と比べると少し明るくなったんですよ」
「表情が柔らかくなったのかな、と感じることはあるけど……」
「あれもユズリハのお陰だと思います」

 自分が何か特別なことをした、なんて思っていないけれど。

「ミゲルの変化はバージェスがミゲルを見捨てなかったことも大きいよ、きっと。彼と関わろうとしているのが私ひとりだったら結局最後には諦めちゃってたかもしれないし」

 自分一人だとミゲルへの影響があったとして、その影響が偏ったものだった可能性もある。
 ユズリハとは違う立場で、違う環境で育った元々ミゲルと関わりの深い相手であるバージェスがいてくれたからこそ今のミゲルがあるのだと思う。

「ユズリハもミゲルと仲良くなってから少し変わったような気がします」
「そうかな?」
「上手く言えませんが……お互いに良い影響を与え合っているのなら素晴らしいことだと思います」

 バージェスの言葉にユズリハは目をぱちくりさせる。
 自覚はないけれどミゲルと関わりを持ったことで自分にも変化があったのなら——少しずつミゲルの色に染まっていくのなら、それも悪くはないなんて思ってしまう。



 ——そうして私とミゲルが結婚式を挙げたのは一年後のことだった。
 お互いに色々と準備が必要だし、サンドロックの人々にも伝えなければならない。花嫁なんて柄ではないと思っていたけれど、式の為に用意した純白のドレスを見て浮ついた気持ちにもなった。
 式を挙げるまでの期間も自分たちは極力一緒に過ごす時間を設けた。人生で最も穏やかに過ごした日々だったのではないかと思う。

「これからミゲルが私と結婚して良かったって思えるくらい君のこと幸せにする」
「君からはもう十分すぎるほど色々なものを貰っているのだがな」
「私、意外と重いのかも。押しつぶされないよう、気をつけてね?」

 そう告げて悪戯っ子のように笑う。

「好きだよ、ミゲル。私の中に燻るこの感情は間違いなく愛だ」
「……君に出会えたことが私にとって人生で最大の幸福なのだろうな」

 十年後も二十年後も、当たり前に隣にいることを望んでいる。これは星が墜ち、夜明けを迎える物語。