「何年か前に付き合ってた人がいるんだけど」
ユズリハの言葉にガストは目を丸くした。
これまで彼女の口から自分のこと——それもかなり踏み込んだことが語られたことなど殆どなかったからだ。
「同じ学校の先輩で、優しいひとだった。……まあ、彼には他に叶えたい夢があるとかで結局違う道を歩むことになったんだけどね」
ガストが知っているユズリハのことは父が残したワークショップを引き継いでビルダーになったことくらいだ。どんな幼少期を過ごし、どのような学校に通い、どんな風に生きてきたのか。何一つ知らない。
彼女が話そうとしない以上、自分も知る必要はないものだと思っていた。誰にだって話したくない過去のひとつやふたつくらいあるだろう。
当然ながらガストにも親しい友人相手だとしても話したくないことはあるし、特に家族のことには必要以上に踏み込まれたくない。人間とはそういうものだと思う。
「……自分にはやりたいことなんてなかったし、熱意がない私ではあの人の背中を見送ることしか出来ないんだなって。向いていないからもう誰かに恋をするのはやめようってあのとき思ったの」
「だが君は、」
「ビルダーになったし君に恋もした。まあビルダーになりたかったわけではないんだけどね」
父はビルダーとしては優秀な人だが、親としてはとても尊敬できない人だ、と。
まだ親が恋しい年齢だった自分よりもやりたいことを優先する人で、だからこそ今でも複雑な感情があるのだ——と、そう言葉を続ける。ビルダーになるのはまるでそんな父の背中を追うようで嫌だった、とも。
「ガスト」
「うん?」
「君が私より夢を選んだとしても、私はもう君の手を離してあげられないかもしれない」
「僕が自分のやりたいことの為に君を簡単に手放すと思っているのか?」
万が一そういう風に思われているなら心外だ。
現状ポルティアを出て別の町で建築の仕事をするつもりもないし、仮に町を出ることがあったとしてもほんの数日のこと。何よりも叶えたい夢があったとして、恋人と別れて一人で追うようなものではない、と思う。
「ううん、そうじゃないんだけどね。ただ私が昔よりも欲深くなったというか……理由があったとしても君の為に身を引くのは難しいだろうなって」
——愛されている、という実感があるからこそ。同じだけ愛を返したいしその心地よさを知ってしまったからもう離れられないのだ。