泡沫夢幻

「あなたはいつも忙しそうですね」

 女の姿を視界に捉えて沖田は苦笑する。
 長州と手を組んでいたかと思えば新選組に協力することもある浪人。何か企てているのかと警戒してしまうような行動だが、彼女はいつだってそれが一番良いと判断した側を選んでいるに過ぎない。
 この日ノ本において最も自由に生きていると言っても過言ではないだろう。その姿はまるで大空へと羽ばたく鳥のようだと沖田は思う。もしかしたら倒幕派も佐幕派も彼女にとっては大きな問題ではないのかもしれない、と感じるほど。
 ——或いはそんな女も因縁に縛られている、という見方も出来るのだが。

「そういう沖田は病み上がりだろう。起きていていいのか?」
「ええ、まあ、薬を飲んでからすっかり元気になりまして。咳も出なくなりましたし……」

 沖田の肺を蝕んでいた労咳は奇跡的に手に入った薬のお陰で消えてなくなってしまった。
 英語で何か書かれていて効能なども不明な薬品など、本来であれば飲むのを止められても仕方のないものだがどうせ何もしなければ近い将来尽きてしまう命。隠し刀が「作ったやつに心当たりがある」と言ったこともあり、僅かな可能性にかけて飲み干した。

「それに、これ以上休んでいたらもっと体が鈍っていざというときに動けなくなるでしょう? 近藤さんから隊を任されている身ですし、他の隊士にも格好がつかないですから」
「病を患っている状態で河上とあそこまでやり合っておきながらよく言う」
「……情け無い話ですが、一人だったらきっと死んでました」

 あの時はもう自力で歩くことすらままならない状態でしたから、と沖田は目を伏せる。
 河上彦斎も決して弱くはない。彼と戦ったのは女も沖田も初めてではなかったが少しでも気を抜いたら確実に殺されていただろう。病で思うように動けない状態で彼に襲われ、生き延びただけでも奇跡に近い。

「それに、いつかあなたと本気で斬り合いもしてみたいですし」
「稽古ですらお前が相手だと少しも油断出来ないんだがな」

 ——本気で斬り合い、という部分は否定しないんだなと沖田は小さく笑う。
 女はコロコロと自らの立ち位置を変える。次に大きな戦が始まったとき、彼女は新選組の障害として現れるかもしれない。
 もしも彼女が新選組よりも長州や他の倒幕派と共に戦うことを選んだとしたら嫉妬してしまうけれど、その時に稽古とはまた違う本気の命のやり取りが出来るのならそれは心が躍る展開ではある。
 いつか刀を握ることすら出来なくなるのが怖かった。起き上がれるほど調子のいい日さえも殆どなくなって、このまま死ぬのだと全てを諦めかけていた沖田の命を掬い上げたのは薬の情報を持ち帰ってきた一人の隊士と、薬を探すのを手伝ってくれた隠し刀だ。
 女に救われたこの命を女の為に使いたい。同時に自分と同等かそれ以上の実力を持つ彼女といつか本気で斬り合ってみたいとも思う。

「新選組の隊士たちも決して弱くはないですけど、複数人を相手にしても息を切らさないあなたに言われても」
「他の隊士たちとお前では実力が違いすぎる。この新選組で一番強いのはお前か斎藤か、或いは永倉だろう」
「他でもないあなたにそう言ってもらえるのは嬉しいですけどね」
「私の戦い方は研師から教えを受けて片割れと共に身につけたものだ。だからこそ、お前たちの戦い方が新鮮に映る」

 隠し刀の過去を沖田は殆ど知らない。
 きょうだいのように育った片割れと師である研師がいた、ということは以前聞いたことがあるけれど片割れとは道を違えてしまっているし研師は脱藩するときに自らの手で殺したと話していたような。
 刀である彼女には決まった名前もないという。隠し刀として育てられる前、両親と平穏に暮らしていた頃は両親に与えられた名もあったようだが彼女は「遠い昔のことは忘れてしまったよ」なんて笑うばかりだ。それが本当のことなのか、沖田は知る由もない。

「里を出るまでの私は与えられた任務を忠実にこなすだけの刀だった。人を斬るのも手段に過ぎず、そこに何の感情もなかった。だが……」
「だが?」
「お前と出会ってから、本気で斬り合うことが楽しくなった。お前があまりにも楽しそうに刀を振るうものだから」

 沖田は思わず息を呑む。
 それは戦場では誰よりも敵を斬り伏せ、大地を駆ける勇ましい女の初めての表情かおだった。