恋蛍

 日本が夜明けを迎えて刀を振るう必要がなくなったら。刀として育てられ、またそう在るように努めてきた自分はどうなってしまうのだろうか。そんなことを考えたことは何度もある。
 戦乱の中でしか生きられないと思い込み暗躍していた片割れの言い分も、決して理解できないわけではない。
 様々な因縁を結んでいたお陰で刀としてではなく一人の浪人として、或いはただの女として生きてゆく未来を想像出来るようになったが、そのような因縁に恵まれなければ恐らくは片割れが差し伸べた手を取っていただろう、と思う。

 泰平の世が訪れた日ノ本で自分は何をすべきなのか。その答えは未だ出ない。
 ——それは恋仲になった男も同じようだったが。

「正直、お前が土方と共に行かなかったこと、少し驚いた」
「確かに土方さんとの付き合いは長いですけど、元々幕府だとか政だとかそんな話に興味はありませんから」
「まあ、お前が好きなのは斬り合いであって近藤や土方への恩義はあれども幕府や将軍への忠義で刀を振るっているわけではないことは知っているが、もう二度と斬り合いをする機会は訪れないかもしれないだろう」
「猛者と本気で斬り合うことも楽しいですけど、最近は君と一緒に過ごす穏やかな時間も同じくらい楽しいと思っているんですよ」

 新選組の局長であった近藤は亡くなり、近藤の想いを引き継いだ土方も江戸を立った。彼がどこへ向かったのか詳しくは分からないがきっと侍として戦い続けるのだろう。
 実質的に新選組という組織は消滅したようなものだ。幕府もなく、薩長を中心とした新政府軍による新たな時代が始まる。その時代に侍や刀が必要とされることは恐らくない。

「君が土方さんと一緒に行くというなら僕も付き従いましたけど……ああでも、恋仲の僕を差し置いて土方さんと運命を共にするなんて言われたら確実に嫉妬する」
「一時新選組に身を置いていたとはいえ、私に幕府への忠義は元からない。……お前よりも土方と共に在ることを選ぶ理由もないだろう」

 近藤にはそこそこ世話になったし彼からは土方と沖田のことを任されてもいる。だが、彼への恩義だけでこれ以上戦い続ける意味はない。
 片割れを止め、江戸の民を犠牲にする道は避けられた。江戸で大きな戦が起これば土方や沖田、他の隊士たちだって犠牲になっていたかもしれない。
 近藤亡き後、近藤の望まないであろう道に進みかけた土方を止めつつ最悪の未来を回避した時点で近藤から託された想いは果たしただろう。
 その後どう生きるか、何を為すのかは二人の自由だ。彼らだって幼子ではないのだし、その先まで面倒を見続ける意味はない。

「君は一ヶ所に留まってくれないから、戦いが終わって戻ってこなかったらどうしようなんて不安に思った瞬間もありますけど」
「お前が不安に思うこともあるのだな」
「……君だから、ですよ。君に出会うまで僕は恋という感情を知らずに生きてきたんですから。遊郭も衆道も苦手だった自分がこんな想いを抱く日が来るなんて」

 沖田にとって女が初恋であるように、女も真っ当な恋など一度も経験がない。
 片割れは血の繋がりこそないがきょうだいのような相手で家族、或いは半身のような存在だと認識して生きてきた。特別な情はあったし、その情が愛と呼ばれるものではあったのだろうけれど沖田に向けている感情とは違う性質のものだ。
 任務に必要になることもあるだろうと色仕掛けの術を教わったことも……ないわけではないが無愛想な女には向いていなかったらしい。片割れにも「人には向き不向きがある。お前はそのままでいい」と苦い顔で言われてしまった記憶がある。

「幕府がなくなったこれからの時代どのような生き方をすればいいのか、まだ分かりませんけど……君が一緒なら新しい生き方を見つけられる、そんな気がします」
「私も隠し刀として生きてきた時間が長いからな。脱藩してからもずっと刀を振るって生きてきた」

 刀を置き、愛する人と平穏に生きてゆく。そんな自分の姿は今はまだ上手く想像出来そうにない。

「だが、お前と一緒に新しい生き方を模索するのも楽しみだ」

 沖田は子供と遊ぶことが好きだという。自身が幼い頃にあまりそのようなことをしてこなかったから、と以前話していた。
 愛想も悪く幼子の面倒を見た経験も殆どない女には不得手なことだったが、彼が子供と目隠し鬼をする姿は微笑ましく思う。以前は不治の病におかされて歩くことすらままならない状態だったのだから、尚更だ。

「君は器用な人だからすぐに新しい生き方を見つけてしまいそう」
「……器用とは程遠い生き方をしてきた気がするが」
「新選組にいたかと思えば倒幕派の連中と行動することもあった君が言いますか、それ。普通なら間者を疑われて拷問にかけられるか、或いは殺されてますよ」
「自分でもまあ、危ない橋を渡ったとは思うが……長州の連中とは横浜にいた頃利害の一致で協力していたからな。彼らの性格はある程度知っているし、問答無用で斬りかかってくるようなことはないと判断したまでだ」
「ふぅん……」

 片割れの行方を探るために……悪く言えば利用したのが長州だ。彼らも女の実力を知って自分たちの目的を果たす為に利用していた節があるのだからお互い様である。
 新選組に力添えしたのも似たような理由ではあるが——隊士の一人と恋に落ち、彼がいない日々など考えられなくなったのだから選択を誤ってしまったのかもしれない。
 尤も、この選択が過ちだとしても過去をやり直す機会が与えられたところで同じ選択をするだろう。この道を選んだことに後悔などないのだし、当然だ。

「僕たちのほうが先に出会ってたら君はずっと新選組にいてくれたのかな」
「どうだろうな。お前たちが片割れに繋がる情報を持っていたら協力したとは思うが」
「……頷かないんですね。君らしいと言えばらしいけど」

 もしも、なんて仮定の話に今更意味などないが。桂や高杉より先に新選組と出会っていたなら片割れに近付く為に新選組の隊士となっていたのかもしれない。片割れの目的を考えれば奴はいずれ大きな事を起こすだろうし、新選組であれば鎮圧などの命が下される可能性はある。
 だが長州や薩摩が片割れの情報を握っていると知れば自分が新選組だったとしても彼らに近付くだろう。その結果、新選組と敵対することになったとしても。

「ただ、自分がどういう道を辿ったとしても最後にはお前のもとに辿り着くだろうという直感はある」
「君はこれ以上僕をどうしたいんですか」

 どうしたいのか、と言われても反応に困ってしまう。
 脱藩した自分が今とは違う運命を辿るようなことがあっても、必ず沖田に惚れるのだろうという確信めいたものがあるのは否定しようのない事実だ。新選組と敵対し、本気で斬り合いをすることになったとしても——実際に戦場で沖田と敵として対峙したことはあるが——その実力や楽しげに刀を振るう美しい姿に心底惚れ込んでいただろう。

「お前も十分すぎるほど、私をどうにかしていると思うがな」

 里を飛び出すまでは無慈悲に淡々と敵を斬る、そんな刀として生きていくのだと信じて疑わなかった。
 それが今ではたった一人の男の人柄に、或いは生き様に惚れてしまっている。刀を置き、子供たちと遊び、ただ穏やかに笑い合う日々も楽しそうだと思えるほど。
 隠し刀としての厳しい鍛錬に明け暮れていた頃は想像もしなかった未来。目の前の男と共に生きてゆけるのなら、そんな明日へと向かうことも悪くはない。