比翼の鳥は羽ばたかない

*話の内容にはほぼ影響しませんが一応片割れが男である想定で書かれています


「沖田も参加していたんだな。お前は遊郭のような場所は好まないと思っていた」

 そんな隠し刀の言葉に沖田は面食らった。
 新選組の中でも幹部格の隊士たちで遊郭に出かけた日のことである。隠し刀は新選組の正式な隊士というわけではなかったが池田屋での一件では新選組として一定の活躍を見せており、実質的には幹部と同等の扱いを受けていた。
 本来、部外者である浪人を隊士と同等に扱うようなことはないのだが隠し刀に関しては浪人という自由な立場でいてくれたほうが何かと都合がいいので隊士に数える気はないと語っていたのは土方だっただろうか。本人も新選組の一員として今まで対等に付き合ってきた幹部の下に就くのも幹部として必要以上の責任やしがらみを負うことになるのも煩わしいようだった。

 ——正直に言ってしまえば、女の言う通り沖田は遊郭があまり好きではない。江戸にいた頃から女遊びをするほうではなかったし、付き合いで遊郭に行くことはあれども何が楽しいのかもよく分からなかった。酒も殆ど嗜むことがないので尚更だ。
 新選組の隊士たちに誘われて遊郭へ行っても彼らが楽しんでいる姿を遠巻きに見ていることが殆どだった。場の空気を悪くしないように愛想を振り撒くことはあったが、自分にこの場所を楽しめる日は来ないのだろうと思っていた。

「お前ほどの美丈夫ならば黙っていても女のほうから寄ってきそうなものだが」
「…………いえ、興味ないので」
「ならば沖田は随分と付き合いがいいんだな。少しも興味がないのなら遊郭なんてつまらないばかりの場所だろうに」

 遊女たちが此方を楽しませようと様々な芸を披露してくれるとはいえ……興味がないのならそれらの芸もあまり響いてはいないだろうと女は苦笑する。
 実際、沖田は芸術にそこまで関心がない。女浪人にも斬りあいが好きだと語った記憶はあるし彼女が時折差し入れてくれる、饅頭などの甘味は好むが歌や舞の善し悪しは知らないしそのような話をしたこともなかった筈だ。

「そういうあなたは、遊郭によく来るんですか」
「まさか。横浜にいた頃に何度か立ち寄ったが情報収集が目的で遊ぶ為じゃない」

 黒洲藩の隠し刀だった頃も藩命で遊郭へ赴くことはあれども酒や料理を楽しむ為に行ったことは一度もないし況してや女と遊ぶことを目的にしたこともないと続ける。
 大抵は幕府の弱点となり得る情報を入手する為だとか、遊郭で楽しんで警戒心の緩んだ要人を帰り道で暗殺する為とか、不穏で血生臭い理由が付き纏っていた。
 そも、遊郭は基本的に男の遊び場であり女性が通うような場所ではないから当然かと沖田は納得する。目の前の隠し刀は普通の女性とは程遠い人生を歩んでいるし、必要があれば男のふりをしてでも遊郭へ通うことにも抵抗がないのだろうけれど。

「遊郭に来ても楽しめない自分がおかしいのかと思ったこともありますけど」
「いや? 別におかしくはないだろう。私の片割れも女遊びを好みはしなかった」

 あいつなら藩命であれば遊女に甘い言葉を囁き惑わせることくらい造作もないことだろうが、逆に言えば藩命でもないのに遊郭に出入りするような人間ではなかったと女は苦笑する。

「でも、今日はそれなりに楽しんでるんですよ」
「そうなのか?」
「だってあなたの話を聞くのは新鮮だから。それに僕が遊郭を苦手としていても、無理強いはしないでしょう?」

 男所帯である新選組では遊郭通いや衆道もそう珍しいことではなく、どちらにも興味が持てない沖田としては対処に困るようなことも多々あった。
 時には「今日は沖田さんでも絶対に楽しめますよ!」なんて言われて無理に遊郭まで連れて行かれたこともある。結局、その時にもてなしてくれた女性も——まあ、客観的に見て美しい人ではあったが、関係を持ちたいと思うことはなかった。

「私との会話なら遊郭でなくても出来るだろう」
「どこでも出来るなら遊郭でも構いませんよね?」
「まあ、お前が楽しいのならそれでいいが……。近藤に誘われて来ただけで私も遊郭で遊ぶのが楽しいという質でもないしな」

 男に生まれていたら楽しめたのかもしれないが——と考え女は首を振る。隠し刀として育てられる運命を辿る限り、自分は片割れと同じくそのようなことに興味はないだろう。性別の違いなど些事だ。

「あなたは自由な人だから、僕の知らない世界を知っているでしょう?」

 女はまるで大空を羽ばたく鳥。いつだって誰も知らないような世界を見せてくれる。その世界の一端に触れるのがたまらなく好きだった。