共にあるということ

 かつて隠し刀だった女浪人は日本の夜明けと共に表舞台から姿を消した。
 彼女と因縁を結んでいた新政府の面々はこれからも日本の為にその力を振るってほしいようだったが、泰平の世を迎える日本で刀として育てられた人間の力が必要とされるようでは駄目だろうと女のほうが断った。
 女は刀を好んで振るっていたが銃の扱いにも長けている。切った張ったの血生臭い世が終わったとしても要人の護衛や治安維持の為に武力が必要となることはあるし、銃を扱えてある程度自由に動かせる人員が欲しいというのも分からないわけではないが——今の自分にはもう命をかけてまで戦う理由がないのだと言われたらそれ以上何も言えなかった。


「君がかつて隠し刀と呼ばれた浪人だった、って言われても信じる人は少なそうですよね」
「……そういうお前こそ、新選組最強の一角とも言われた沖田総司本人だと聞かされて信じる奴は少ないだろう」

 年号が明治になって、刀も必要なくなった。沖田と共に新しい生活を始めた女は刀を置き、争いとは無縁の日々を過ごしている。
 いざという時の為に……そんな日は訪れないほうがいいのだが、急に襲われても咄嗟に動けるよう鍛錬は欠かさないようにしているとはいえ毎日のように人を斬り、時には斬られて血を流していたあの頃からは想像もできないほど穏やかな日常だ。

「分からないほうが都合がいいでしょう? 新選組はそれなりに恨みも買っていますし」
「まあ、一方的に恨みがある、という連中の存在は否定できないが」

 倒幕派だった恩師や家族を斬り殺され復讐の機会をうかがっている人がいてもおかしくはない。尤も、それは数え切れないほどの人間を殺してきた女にも言えることではあるのだが。
 人は案外他人の顔をきちんと認識してはいないらしい。洋装に身を包み長く伸ばしていた髪を切り落とした女を見て隠し刀だと気付くのは深い関わりがあった者くらいだし、新選組の特徴的なだんだら羽織を脱ぎ捨てた沖田を見ても大半が新選組だとは気付かない。
 ——誰にも気付かれないほうがお互いに生きやすくて助かるのだけれど。

「万が一、新選組を恨む輩に襲われたとしてお前ならば返り討ちにしてしまいそうだがな」
「確かに簡単に殺されてやるつもりはありませんけどね。寝込みを襲われたって対処できる自信がある」
「お前のことを知っていて寝込みであれば殺せると判断するような奴は勇気と無謀を履き違えた愚か者だろう」

 隠し刀とて、熟睡している沖田であれば殺せる——などとは思えない。彼に対して殺意もないし殺めてしまう理由もないが、ほんの僅かにでも殺気をちらつかせれば沖田は目を覚まして反撃するだろう。
 心臓に短刀を突き立てるその瞬間まで殺意も気配も隠し通せるのなら別かもしれない。ただ、そんな人間がいるとして、それだけ暗殺に長けた能力があるのならあの沖田総司を寝込みであれば或いはと判断することはないだろう。

「お前と過ごす時間を少しでも増やしたくて政府への協力を断ったのもある。河上のように新選組に恨みがある奴がいたとして、簡単に殺させはしないさ」

 普段あまり表情が変わらず何を考えているのか分からないと言われることもある女だが、存外沖田総司という男に惚れ込んでいる。日本の為に戦うよりもこの男の隣でただ平穏に生きていたい、なんて願うほどに。
 無論、好いた男と同等かそれ以上に優先すべき事象があるのなら女は迷わず明治政府に協力していた。或いは情人を日本に残してでも自身を片割れと呼んだ坂本を追って渡米することもあったかもしれない。
 だが今の隠し刀に沖田と共に生きる以上に優先するものなどどこにもないのだ。ないのだから静かに生きたいと願うのは当然のことだった。
 その気持ちを汲んで桂——今は木戸孝允と名乗っていた——をはじめとする政府の面々も女に無理強いすることはなかったのだろう。

「……君のそういうところ、頼もしくて好きですけど自分の身くらい自分で守れます」
「ああ、知っているよ」

 自身の病状を何とか周囲に誤魔化して……実際に誤魔化しきれていたかは微妙なところではあるが、限界まで刀を振るっていたような男だ。刀が使えなくとも手足が動かせるのならどうにでもなるだろう。
 隠し刀のまっすぐな言葉に頬を朱に染める沖田を見て——可愛いな、と思う。本来男子に向けるべき言葉ではないのかもしれないが、自分の一挙一動に反応して顔を赤くしたり視線を逸らしたりする姿は愛らしい。
 男の機嫌を損ねたいわけでもないので決して口にはしないけれど。

「私がお前を守りたいんだ。たった一人、好いた男のことくらいは」
「だったら僕にも君のことを守らせてください」
「……私を?」
「君は僕にとって生きがいなんですから当然でしょう?」

 斬り合いが生きがいだった男が斬り合いとは別の生きがいとも呼べる存在に出会ったのだ。刀を握る必要もなくなり斬り合いという生きがいを失った彼の、もうひとつの生きがいへの執着は想像を超える。

「お前にそう言われると弱い」

 自分が誰かにとっての生きる理由になるなんて考えたこともなかった。擽ったくて落ち着かない気持ちになるが、それも悪くはない。