安らかな夢

 アンチ・コズミック主義者。簡単にいえは、今の宇宙を否定してグノーシアに導かれることを望む人たち。汚染されていない人間でありながら、グノーシアに味方する者。
 AC主義者になる理由は様々だろう。何らかの理由で今のこの宇宙に絶望してしまったのかもしれないし、単なる気紛れかもしれない。
 場所によってはグノーシアに対して好意的な発言をするだけで処刑されるようなこともあるらしいから、AC主義者の思想は例えこの広い宇宙の最果てであっても理解されるものではないだろう。
 ループに巻き込まれて以降、私も何度かAC主義者として宇宙船に紛れ込んでいることはあった。私の場合は「鍵」の状況設定でそのように役割を振られただけでAC主義者の思想を抱いたことがあるわけではないし、彼らの考え方を理解はできない。
 嘘つきを見抜き、庇い、グノーシアを生かして勝利する。途中でグノーシアに襲われて脱落することも多く、個人的にはあまり得意ではない役職だ。

 ——今回、この船に紛れ込んだAC主義者はジナだった。
 昼間の議論でセツが言い放った「ジナはAC主義者だ」という指摘に場の空気が凍る。人間ではあるが明確に私たちと敵対する存在が判明したのだから緊張感が漂うのも当然だった。
 ジナがAC主義者だと判明してすぐ、自らをエンジニアだと名乗り出ていた一人の論理が破綻したことでその人に票が集まり結果的にジナはコールドスリープを免れていたが、翌日グノーシアが特定出来なければきっとジナがコールドスリープする番だ。
 AC主義者が直接他の人間に何か危害を加える——ということはないだろうが、我々に敵対する意思がある以上仕方のないことなのかもしれない。誰だって敵がすぐ隣にいるということは恐ろしいだろう。
 その日の投票を終え、解散したときにちらりと見たジナの横顔は死を待つだけの小動物のようだった。

 夜。空間転移までの僅かな時間。
 普段の私は協力者に会いに行ったり食事を楽しんだりすることが多いけれど、今日はどうしてもジナの様子が気になった。
 敵であることが判明した彼女は乗員たちから何となく避けられていたし、ジナのほうも流石に気にしているのか部屋に閉じこもったまま出てこない。グノーシアではないジナは監禁されたり拘束されたりしているわけではないが、扱いが良いとはあまり言えない状況だ。
 星によっては大罪であるアンチ・コズミックの思想を持つ人間、と考えればこれでも相当ましな扱いなのかもしれないけれど。

「ジナ、少しいい?」
「…………ユズリハ?」

 部屋に入ってもいいかと問えば躊躇いがちに了承してくれた。正直、拒絶されると思っていたから驚いて一瞬反応が遅れる。
 どうして来たの、と言いたげなジナを無視して敢えてジナの隣に腰を下ろした。AC主義者は敵ではあるけれど、グノーシアと違い直接人間を襲うことはない。
 少なくとも私がAC主義者だった時はそんなことは出来なかったし、もちろん他のループでもAC主義者に良いように利用されてコールドスリープが決定したことはあるがAC主義者に襲われて命を落としたなどということはなかった。
 今回のループが特殊な状況で突然ジナに襲われる……という可能性がないわけではないが、そこまで高い確率でもないだろう。仮に今この場でジナに襲われたとしても、まあ、消えるのは嫌だけどジナが相手ならそれも悪くはないかなとも思う。
 そもそも、この狭い閉鎖空間で正体が全員にバレている中で自分の立場が不利になるようなことをするメリットもないのだけれど。

「ジナはAC主義者なんだよね」
「……騙してごめんなさい」
「気にしないで、とは言えないけど……私がジナと同じ立場だったとしてもジナのことを騙していたと思うから」

 隣にいるジナがAC主義者になった理由が気にならないわけではないがプライベートなことなので流石に直接聞くことは躊躇われた。
 確かジナはお母さんが電脳化してしまい、もう会えないのだと言っていたことがあるからこの宇宙のジナはそのことで今の宇宙に見切りをつけてしまったのかもしれない。
 過去の記憶が朧げな私は電脳化についてもきちんと理解できてはいないのだけれど。

「……ユズリハは、私のこと避けないんだね」
「まあ、ジナは人間みたいだし……昨日まで普通に話してた相手が敵だったからっていきなり態度を変えることは出来なかっただけだよ、私は」
「私が言えることではないけど……ユズリハは生きて。あなたが消えるのは、私も嫌だから」
「……うん、ありがとう」

 空間転移の時間が迫る。
 最後にまたね、と声をかけて私はその場を後にした。



 翌日、真エンジニアと思しき人がユズリハは人間だったと報告する。疑わしい相手はいてもグノーシアだと確定できるほどの情報もなく、案の定ジナに票が集中した。
 コールドスリープ室で眠りにつこうとする彼女を見て、この宇宙のジナが安らかでありますようにとそっと願った。