——正直に言えばコーヒーはあまり好きではない。
まだ幼い頃、父がコーヒーを飲んでいる姿が格好良くて大人っぽくて自分も飲んでみたいと駄々をこねて一口だけ飲ませてもらったことがある。黒くて苦くて不味い汁、それが当時の感想だった。大人はこんなものを美味しそうに飲んでいるのか、と信じられない気持ちになったことをよく覚えている。
今でもコーヒーを美味しく感じることはない。カフェで飲むのもお茶やモーモーミルクばかり。コーヒーを飲むときはミルクと砂糖をたっぷりと加えて。
ミアレシティでガイに連れてこられたヌーヴォカフェで流されるままにガイと同じ「ひのこロースト」を注文したときもやはり自分の口には合わないな、なんて思ったものだ。
「ひのこローストで」
「コーヒー苦手なんじゃないのか」
「……バレてた?」
「バレバレだよ。コーヒー好きなやつがあんなチビチビ飲まないだろ、普通」
ヌーヴォカフェ一号店の看板娘、グリーズの呆れたような声にセイカは思わず苦笑する。
ミアレシティでは珍しいキッチンカー形式のカフェには今はセイカ以外の客はいないらしい。賑やかな空気も好きだが静かにのんびりと過ごしたい時間もあるのでこの店の穏やかな雰囲気は好きだ。
「お茶もあるのになんでわざわざコーヒーを頼むんだ。こっちだって出来ることなら美味しそうに飲んでほしいんだけど」
「そ、そこまで顔に出してはいないと思うけど……。でも、克服したいとは思ってるんだよ。ヌーヴォのコーヒーは尚更、美味しく飲んでみたいし」
グリーズ曰く立地が売りの不味いコーヒー、とのことだが客からの評判も悪くない。
そも、ヌーヴォカフェのコーヒーでなければ苦手を自覚しながら何度も注文なんてしないだろう。相変わらず味の良さが分からない飲み物ではあるけれど、それはあくまで自分の味覚の問題だ。
「……まあいいや。用意するから適当に座って待ってな」
「はーい」
◇
フレア団はかつて子供たちに教育を施していたという。二世団員として育った彼らはフレア団がなくなった今も世間から白眼視されているのだとか。
元々旅行でミアレシティを訪れただけのセイカは五年前の事件について断片的なことしか知らない。ボスであるフラダリは美しい世界を作ろうとしていたが人間に絶望して命の数を減らす決断をした。ミアレシティだけでなくカロス全土を震撼させるような大事件だったらしい。
事件以降、ミアレシティでは人口流出が続き市長も色々と苦心しているようだ。今もミアレシティを生活の拠点としているのはよほどこの土地に愛着のある人か、或いは事件を一切気にしていない変わり者くらいなのかもしれない。
でも、フラダリが最初に抱いた想いは悪いものではなかった筈だ。二世団員としての正体を隠し、時には偏見にさらされながらも持たざるものへの無償提供を行うヌーヴォカフェが今のミアレに存在しているのが何よりの証拠だろう。
「お待たせしました」
「……あれ、グリさん?」
コーヒーを運んできた青年の姿にセイカは面食らう。ヌーヴォカフェのマスターでもあるグリが接客をしている姿を見たのはこれが初めてのような。
「グリーズなら買い出しに行きました。カフェで必要なものが不足していたので」
「なるほど」
「相変わらずきみも物好きですね。コーヒーが苦手なくせに頻繁に店まで来てコーヒーを頼むなんて」
「コーヒーが飲めるようになりたいのは事実ですし、お店の雰囲気好きなので。何よりうちのヒトカゲやエンブオーもリザードンに会えるの嬉しいみたいですから」
セイカの相棒として共にZAロワイヤルを駆け抜けてきたエンブオーもモミジから託されたヒトカゲも同じほのおタイプの初心者向けポケモンとして気が合うのか、グリの相棒であるリザードンによく懐いている。
ポケモンたちがグリのリザードンに会いたがっているのは本当。エンブオーはセイカの切り札とも言えるポケモンだがグリのリザードンも同等の強さを持っている。今となってはミアレシティで自分と対等に戦えるポケモンなんて限られてくるからリザードンに対してポケモンにしか分からない憧れや対抗心があるのかもしれない。
同時にセイカも店を切り盛りするグリやグリーズに会う為にこのカフェを選んでいるのだが、本人たちに素直に告げる気はまだない。
フレア団の二世団員でありながら真っ当な方法でミアレシティを守ろうとした人。かつてのフラダリと同じような凶行に及んでいたとしても不思議ではない境遇でありながら決してそうしなかった人。
彼らのことはよく知っているなんて言える立場ではないが、密かに尊敬している。以前は過去に囚われ続けている姿が痛々しく見えることもあったけれど最近は楽しげにポケモン勝負をしている姿を見ることも増えた。
口に合わないコーヒーを飲めるようになりたいと思うのだってグリやグリーズが用意してくれるものだからに他ならない。いっそ会話の口実になれば、という下心も否定はしないけれど。
「グリーズもきみが来てくれるのが内心嬉しいみたいです。彼女のことなので素直に言葉にしないかもしれませんが」
「グリさんは?」
「……おれですか?」
その返しは予想外だった、とでも言いたげなグリの反応は少し珍しい気がする。
「おれも、嬉しく思っています。良い息抜きにもなりますからね」
「グリさんがそういう風に言ってくれるの、ちょっとだけ意外でした。流石に迷惑に思われているわけじゃないだろうとは思ってましだけど……」
「おれの周囲には今までいなかったタイプのトレーナーですから」
そんなことより、とグリはコーヒーに視線を落とす。会話しているうちにほんの少し冷めてしまったようだ。
その日飲んだコーヒーはやっぱり苦くて、けれども優しい味がするような気がした。