グノーシアのいない宇宙で、記憶もなく帰る場所もなかった私に声をかけてくれた人たちは大勢いた。
オトメは自分と一緒にナダに来ないか、友達を紹介したいと笑っていたしジナももし行くところがないなら自分の家で暮らしてもいい、と言ってくれた。コメットは自分と冒険に出ないか、なんて言い出すものだからいつかのループでの彼女との約束を思い出して少し泣きそうになってしまった。
意外なことにその場にいた大半が私の身を案じて連絡先の交換を申し出てくれて——私はきっと恵まれているのだ。
「本当にこの惑星でよろしいのですか?」
「うん、ありがとう」
ジョナスに頼み込んで私が降ろしてもらったのは何もない小さな惑星だ。
殺風景で、人の気配も殆どない。実際には人が住んでいる惑星の筈だが、あまり人口の多い星ではないのだろう。遠くに見える街も発展しているとは言い難い。
本当に此処でいいのか、というステラの疑問も尤もだ。この星に自分のルーツがあるわけでもなければ、当然知り合いがいるわけでもない。否、記憶にないだけで昔の知り合いが暮らしている可能性自体は否定できないけれど。
何処かの惑星で新しく生活を始めるにしてももっと大きな、発展している惑星のほうが良いのではないかと言われたら否定はできない。
この星では生きていく為にひとまず部屋を借りて仕事を探すのも大変そうだ。
「暫くいろんな場所を見て回って、それからどうするか考えたいなって。まだ自分のやりたいことも分からないけれど、これ以上ジョナスやステラのお世話になるのも申し訳ないし」
「そんなこと……」
「旅してるうちに案外記憶も戻るかもしれないでしょ?」
私の記憶はセツと出会ったあの宇宙から始まっている。
正確には幼少期の思い出と思しき記憶も僅かに残っているけれど、自分の記憶として実感できるほどはっきりとしたものではない。
——自分の中にある記憶と一番強く結びついているセツはきっとこの宇宙にはいない。セツは扉を潜り抜けて、遠くへ行ってしまった。引き止めることすら出来ないまま、私は置き去りにされたのだ。
「……でしたらせめて、力になれることがあれば連絡をくださいね」
「ありがとう。その時はよろしくね」
◇
船を降り、ステラと別れて数日。私は寂れた惑星を一人で彷徨っていた。
自分と一緒に行こう、と声をかけてくれた人たちと共にどこかの星で穏やかに過ごす選択肢も私には与えられていたけれどその選択をとることはしなかった。
彼らと一緒に過ごす日々は魅力的で楽しそうではあったけれど、私にはまだやることがある。セツと一緒にループを終わらせるという目的は果たされていない。
自分だけループを終えても意味がないのだ。セツも救わなければ。とはいえどうすれば良いのか皆目検討もつかない。銀の鍵に詳しいラキオに聞いてみてもあまり成果は得られなかった。
この星に降り立った理由は単純にセツが所属していた軍に関係する施設があるらしい、ということをジョナスから教わったからだ。
恐らく誰もセツを覚えてはいないだろうけれど、セツが存在していた痕跡さえ見つけられたら何か手がかりがあるかもしれない。そんな単純な考えで私は此処を選んだ。
ほんの僅かにでもセツが生きていた証のようなものが見つかればセツにまた会えるかもしれない。そんな期待を込めてただひたすらに歩き続けている。何も見つからなかった場合、どうするのかはまだ考えていないけれど。
『ユズリハは人を探してるんだろ? ……見つけられるといいな』
「ありがと、シピ。シピはもうすぐ猫になる手術を受けるんでしょ? こうして人間の姿のシピと話すのはこれが最後になるかもしれないけど、猫になっても私と友達でいてくれると嬉しい」
端末越しにシピと近況報告をする。この宇宙にはいない人の痕跡を探している、なんて説明するのは憚られて銀の鍵のことを知るラキオ以外には表向きは記憶の中にうっすらと残っている友達を探している、と説明している。
一人で旅を始めてからの数日、ありがたいことに船を降りる前に連絡先を交換し合った人達から毎日のように連絡が来る。
私のことを心配してくれていたり、用事はないけど友達だから話したいと思うのは当然だ、という理由で連絡をくれたり。本当に様々な理由。
近々猫になる手術を受けることになったからその前に私に連絡を、と連絡をくれたシピの優しさが身に染みる。
今日が人間のシピと会話できる最後の日になるのかもしれない。猫になったシピはきっと人間の言葉を話せないし私も猫の言葉は分からないと思うから少し寂しくはあるけれど、彼の切なる願いは長いループの中で何度も感じていたので今更引き止めるつもりはない。シピの新しい人生——と言ってもいいのか定かではないけれども猫としての生活をこれから先もずっと応援するつもりだ。
『そういえばユズリハ、前にラキオから聞いたんだが』
「ラキオから?」
『ユズリハが今いる惑星の近くにある別の惑星にお前が探してる施設があるんだってさ。研究が忙しくて手が離せないから代わりに伝えてくれって言われたんだ』
何のことか自分にはわからなかったがお前には分かるか? と問うシピの声。
ラキオから……ということは銀の鍵に関係する施設の可能性が高いだろう。船を降りる前、ラキオには自分が銀の鍵でループしていたことを打ち明けて銀の鍵に関して分かることがあれば教えてほしい、と伝えていた。
銀の鍵を研究している施設でも、私やセツ以外のループ経験者の存在でも、偶然「鍵」を手に入れたという人の噂でも。信憑性が低くても構わないから、と。
あの時はどうして自分が、と露骨に嫌がられてしまったがラキオにとっても興味を惹かれる話題ではあったのかどうやら覚えていてくれたらしい。
——私は、セツと一緒にループを抜け出したかったしそれが出来ると信じて疑わなかった。
今も何処かでループしているセツに手を伸ばさずにはいられないほどに。
いつかセツと二人でセツのループを終わらせる、それが私のたったひとつの願いである。