眠れない、と口を開いたのはカムイだった。
時間帯は深夜。恐らくもう殆どの人が寝静まっているであろう頃。尤も、昼間は王子や王女の出入りもあるこの北の城塞で、日常的に生活している者は限られているのだが。
嫌な夢でも見て目が覚めたのか、それとも暑くて寝苦しかったのかわからないけれど、眠れないカムイがジョーカーを頼ってやってくることは時々ある。
主であるカムイが真っ先に自分を頼ってくれることは素直に嬉しい。出会ったばかりの頃は何も出来ず、彼女を困らせてしまうことも多かったけれどギュンターの厳しい指導を受け、何とか他の使用人と同じくらい――否、それ以上の仕事が出来るようになった筈だ。
どんな些細なことであっても自分に居場所を与えてくれたカムイに必要とされる。それこそがジョーカーにとってこの上ない幸せである。
「……ジョーカーさん、仕事中ですか? お仕事の邪魔をしてごめんなさい」
「邪魔だなんて思っておりませんよ。それどころかカムイ様が声をかけてくださって嬉しく思います」
主にこうして声をかけられたのだ。一介の使用人の元へ来てくださった、敬愛する主人を誰が邪魔だと思うだろう。
さて、仕事は後回しにしてしまっても問題ないものばかりなのだが眠れない主にはどうにか寝てもらわなければ困る。大袈裟かもしれないが寝不足で倒れた、なんてことがあったら果たして自分はどう責任を取ればいいのだろうか。
「あの、眠くなるまでジョーカーさんとお話できたら、と思ったんですけど……」
今までにも眠くなるまで相手をしてほしい、と言われたことはある。城塞にある、生きているうちに全て読み切るのは無理ではないかと思うほどの数の本を一緒に読んだり、今日あった出来事を語り合ったり。
此処を出ることが出来ないカムイが話せることは同年代の子供と比べたら少ないのだろうが、いつも楽しそうに話してくれるのだ。
先日は「マークス兄さんと剣の稽古をしたんです」とにこにこ話していたし、その前は「エリーゼさんとかくれんぼしました」と言っていただろうか。
カムイの眠れない夜に、カムイが眠れるまで彼女と過ごすのは密かな楽しみでもあった。
「カムイ様、本日はどのようなお話を聞かせていただけるのでしょうか」
主が頼ってくれること、そして傍に置いてもらえることへのほんの少しの優越感。
彼女の傍で永遠にお仕えすることが出来れば、それこそが何よりも幸せなことだと思った。