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紆余曲折を経て、野球部の本格的な始動が行われた頃、とある話題が野球部の中で上がった。

それは、監督とマネージャー、そして外野の要、中堅手センターの存在である。
センターに関しては、運良く一つ上の先輩であり、中学時代に軟式で野球部に所属しセンターを務めていた土屋和季を入部させることに成功したため、何とか形にはなった。

しかし監督やマネージャーとなると話は少し変わってくる。というのも、監督というのは「顧問」とは違うからだ。技術的な指導者。もしくは責任を担うもの。どういうふうに捉えるかはそれぞれだが、兎も角簡単に見つかるものじゃない。

挙句、愛好会のような野球部なので「練習をしたくない」と思われないよう、ガチ勢の一年生5人以外は練習量はさほど多くなかった。
そういった割り切った対応ができるのも、野球素人に戻ってしまった要圭と、いい意味でも悪い意味でもあまり他人に興味がないチート投手清峰葉流火の存在、最強二遊間であり、様々な事情で野球をやめた過去のある千早瞬平、藤堂葵など、一年生だけでも十分に実力のある打順が組めてしまっているところにあった。

やるからには甲子園を、とはもちろん思っているが、愛好会のような都立の野球部で、野球のために毎日を削る私立の名門校をすべて蹴散らし甲子園を目指すなど、現状夢のまた夢。
口先だけでも甲子園を目指すものの、今年の目標はあくまで練習試合で敗れた私立名門校「帝徳」へのリベンジであった。

そう、そんな状態で夏を迎えようとしている都立小手指高校野球部にとって、監督はもちろんだが、マネージャーの存在はかなり大きかった。
女の子とかかわりを持ちたい要圭はもちろんのこと、野球に集中するという面でもマネージャーの存在は大きく、部内では何度かマネージャーを探してみようという提案も出たのだが…

ご存じのとおり、野球にすべてをささげてきた清峰にはマネージャーを探すよりも練習に時間を割くほうが大事だという譲らない信念があったし、この件に関しては藤堂も同様で、やる気のないマネージャーを探すことよりも練習をするべきだ、という意見だった。

しかし千早はこれを否定した。
確かにやる気のあるなしは重要だが、野球に詳しくなくても構わないので、雑務を担ってくれるマネージャーの存在は必須だとしたのだ。
山田もこれにはうなずいた。なにせ部員の少ない小手指は、さらに一年生のほうがハードな練習メニューをこなしているため、最後はもちろん全員で片付けなどを行うが、そのほか雑務は二年の先輩が行うことが多かった。

先輩にこれらをずっとお願いするのは忍びないし、何より先輩たちの練習量がそれらに奪われてしまうのも避けたい。どうしても、それなりに有名なシニアで野球をしていた一年生五人にくらべ、二年の先輩たちにはまだ技術面で足りない部分が多かった。

荒削りでも、それらを磨かなくては帝徳にリベンジなどする間もなく、地区大会で敗退してしまうだろう。

これらの意見には藤堂も唸った。確かにそれは死活問題であると感じたからだ。

しかし誰も女生徒とのかかわりなどない。
クラスメイト全員に声をかけるような度胸もないし、ある程度のマネージャーに対する意欲も欲しい。
難しい問題だ、と誰もがあきらめかけたところで、清峰が突然口を開いた。
「…一人、心当たりがいる」と。





「そういえばあなたには、古傷をえぐられた過去がありましたよねえ…」

「え?そうなの?」

「ええ。始業式にちょっと。あの時から少し不信に思ってはいたんですよ、どんな友人がいれば中学野球の硬式シニアの、しかも中二で野球をやめたような選手の顔と名前を憶えているものか、と」

まさか、清峰・要バッテリーのことだとは思いませんでしたよ、ええ。
にっこり笑う千早に、目の前の女子生徒は目をそらして口笛を吹いた。噓がへたくそすぎる。

「しかも友人なんて距離感ではないじゃないですか、幼馴染みだそうですね?中学時代は要くんと共に選手のデータベース化に努めていたとか。さらにお父様は元プロ野球選手のスポーツトレーナーさん?いいじゃないですか、ますます貴女に興味がわいてきました」

どこまでしゃべったんだよ個人情報保護法!!!と叫ぶ目の前の彼女に、山田は思わず頷いた。そして心の中で謝罪した、聞いちゃってすみません…と。

「…はあ…まあでも、遅いくらいだったかもね。
圭はともかく、葉流火は普通に私のこと認識してるんだし…」

「そうなんですよ。要くんってあなたのことも忘れちゃってるんですか?薄情ですねえ」

「や、やめてよ瞬ちゃ〜〜〜ん!」

「…別に。忘れてくれてよかったわよ」

「え、」

山田や要、そして千早の驚く顔をしり目に、彼女は立ち上がった。

「千早くんや藤堂くんが野球をまた始めてくれたのは僥倖だし、私も肩の荷が下りてよかったわ。けど、せっかくのお誘いはご遠慮します」

「…なんで」

むっとして聞き返す清峰を睨む彼女に、珍しく清峰は少したじろいだ。そんな清峰の様子に驚く山田と藤堂だったが、彼女は毅然とした態度で鞄を肩にかけなおし、声には一切の表情を乗せぬまま言い切った。

「…別に、野球なんてもう嫌いになったからに決まってるでしょ」

「…神田さん、」

「莉子は」

誰もが彼女を引き留めるすべを持たないまま、彼女が立ち去るのを見送るしかなかった…そんな時、清清峰はもう一度声をかける。
千早と藤堂にとっては、初めて他人から聞く、クラスメイトの下の名前だった。

「莉子は、野球を嫌いにはなれない。…圭からも、離れられない」

「……勝手なこと言わないでよ、当の本人は私のこと覚えてないっつの。
…それに、傲慢よ。私の気持ちは私が一番よく知ってる」

「…莉子のそれは、癇癪だ」

「癇癪結構!大体あんたの我儘にはもう付き合いきれないのよ、葉流火」

「…本気なのか」

「何が?」

「本気で、俺と圭から逃げたかったのか」

「……そうね。願わくば、圭から野球も切り離したかったけど。ま、あんたと関わっていく限りそれは無理だもん。圭には同情してる」

「お、おれ?」

「散々人のこと巻き込んでおいて、自分はすっかり忘れてくれちゃって、気楽よね。
…でもそれでいいか、あの頃のあんたに比べれば、そっちのほうがずっとましだから」

じゃあ、さようなら。
そう言って教室を去った神田莉子の背中を、野球部だけではなく、だれもが見つめていた。

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