忘れられない人がいる。
おそらくその感情は恋慕で間違いはなかったけれど、私はそれをひた隠した。葉流火にも、当然圭にも気づかれてはいけない。
「それ」は彼には錘であり、邪魔なものだったから。
私たちの関係を現状のまま保つために、「それ」は不要だった。
今でも満足だ、私はクラスメイトよりも、彼を取り巻く女の子の誰よりも、たぶん、彼に近いから。
そう言い聞かせて、隠して隠して、隠して隠して隠して、
「えっと…きみ、誰だっけ?」
そうして積み上げたものですら、彼は簡単に壊してみせたのだ。
「…さいあく」
くだらない夢を見たようだ。寝覚めも悪いし、うなされたせいで中途半端な時間に目が覚めてしまった。最悪、ともう一度つぶやいて、深いため息をこらえることなく、誰もいない部屋にこぼす。
ちょうどいいからひさしぶりに朝ごはんでも作ろう。ついでにお弁当でもこしらえれば、あの溺愛パパは喜ぶだろうし。
あんな奴の夢を見るなんて気分はまさに最底辺。
テンション下がる、と起き上がってスマホを手に取ったところで、慣れ親しんだ端末がかすかに手の中で震え、着信を告げた。
「こんな時間に?だ、れ…」
唇がわなないた。まさか、なんでこのタイミングで。
震える指で緑に光る応答ボタンをタップした。
ゆっくりと、息を吸う。もしもし、そう告げた私に対して、そいつは何でもないような声だった。
「…ああ、莉子か?急に悪い。
まだ状況が整理できてなくてさ…
俺、どれくらい寝てた?」
それが、彼の失った時間のことを指す比喩なのだと気づくのに、それほど時間はかからなかった。